「でも」 不審そうな目をサフィラに向けて、トリビアは言った。
「サフィラ様。父王様の命に従う、とか何とかおっしゃって、その実、何か良からぬ事を企んでいらっしゃるんじゃありませんの?」
一瞬、サフィラの心臓がぎくり、と音を立てたが、それを面に出すようでは魔道騎士の名折れである。努めて平然としてサフィラはトリビアに聞き返した。
「良からぬ事とは何だ、失礼な奴だな。十五年目にして漸く、親孝行でもしてやろうかなと思い立った私の真心を疑うのか」
我ながらよく言う、と思いながらも、サフィラは顔だけは大真面目で続けた。
「親の言う事に耳を貸さず、日がな一日魔道に明け暮れては、父上の心を悩ませ続けた。悪いことをしたと思っている。せめてこれからは父上に苦労をかけず……」
「私、はっきり申しまして」
サフィラの舌が浮くような言葉を遮って、トリビアが妙に強い口調で言った。
「今までずっとサフィラ様のお側務めをして参りましたが、私の経験から申しましても、サフィラ様がその様な殊勝なお方であるとは、失礼ですがとてもとても思えませんわ」
「確かに、その通りですわ、お姉様」 妹のリヴィールが姉の言葉を継いで口を開く。
「サフィラ様が、いくらお父上の命とはいえ、意に染まぬご結婚を黙ってお認めになるなんて、絶対に変ですわ。サフィラ様、一体何を企んでおいでですの?」
痛いところをつかれながらも、サフィラは平静に答える。
「随分な言われ様じゃないか。じゃあ何か、私が腹立ちの余り見境をなくして、城の一つでも破壊してみせればそれはいかにも私らしく、充分あり得る行動だ、とでもいうのか、え?」
「そうですわね、その方がサフィラ様らしくて納得できますわ」
「お前ね、人のことを怪物か何かみたいに……」
サフィラは思わずむっとした。主人と侍女の間柄も何のその、乳姉妹の気安さで、つい生意気な口を利いてしまうのも困り物である。
「さっきから聞いてると、お前達はまるで私を思慮思案とは縁のない原始人か何かのように思ってないか? 私はそんな浅墓で無鉄砲じゃないぞ。私だってもう子供じゃない。分別くらい持っているさ。何時までも駄々をこねて、年寄り連中を困らせようなんて不心得なことは考えていないよ」
ああ、歯が浮く、と自ら思いながらも、サフィラはいかにも殊勝な態度で言葉を切った。魔道騎士も口八丁、素人相手に冷静さを装えないで何とする。
不審そうな二人の視線が互いに相手を見合わせる。
「『分別』ねえ……」
トリビアがサフィラの脱ぎ捨てた衣装を腕に抱えながら、部屋のドアへと向かった。
「サフィラ様の口からそのようなご立派なお言葉が出るとは思いも寄りませんでしたわね」
「本当に、お姉様」
それはかなり失礼だぞ、とサフィラが言うより早く、トリビアとリヴィールは、『私達が信用するとでもお思いですか』とでも言いたげな表情をありありと面に浮かべて、そそくさと部屋を後にした。
さすがに、幼い頃からサフィラと共に育っただけあって、この侍女姉妹はサフィラの性格をよく知っていた。
二人を誤魔化すのは容易ではないかもしれない。
詮索好きで、おまけに勝手な推測が得意ときている。二人の口から洩れてサフィラの『よからぬ企み』が王の知る所となったら、また厄介なことになり兼ねない。
魔道を使って二人の気を逸らすのは至極簡単なことだが、幼馴染みにそんな真似をしたくはないし、何よりもサフィラ自身、魔道で人の心を思うままに操るのは嫌いなだった。
それは人の意志を殺すことであり、心を弄ぶことに他ならない。
そういうサフィラの潔癖な考えこそが、今、自分を悩ませているのだが。
→ 第二章・兆候 3 へ