サフィラがサリナスの家を訪れて、やがて一刻。
家の中では古い木製の机を取り囲むようにして、家の主と訪問客が押し黙ったまま座っている。
二人の客のうち、一人は主にとって明らかに招かれざる客であった。
楽しげな表情を浮かべているのは、この招かれざる客だけで、他の二人つまりサリナスとサフィラは不機嫌そのものである。
三人の周囲には微妙な沈黙が流れていた。
いや、ただ一つ、サフィラが頬杖をつきながら机の上で無造作にコロコロと転がす銀星玉だけが、部屋の中に硬い音を響かせている。
サフィラの隣ではサリナスが無愛想に、その夜何杯めかの茶をすすっていた。
そして今一人はといえば、物珍しげにサリナスの部屋のあちらこちらに青い瞳を走らせ、魔道騎士の住処に対する好奇心を押さえきれない様子である。
招かれざる客すなわちフィランデの使者が、実はタウケーン王子その人であったという事実をサフィラとサリナスが知ったのは、つい数分前のことである。
「だって面白そうだったから」
身分を白状したタウケーンが、使者への扮装の理由を問われてひねり出したこの言葉は、勿論サフィラ達が納得いくものではなかった。むしろ、呆れ果ててものが言えないというところである。
「つまりだね」 とタウケーン王子は聞かれてもいないのに話し始める。
「まず、俺が使者のフリをしてヴェサニールにやってくる。そして王子は後日現われる、と思わせておいて、結婚式当日に俺が正体を明かすっていう予定だったんだよ、最初はね。使者とは世を忍ぶ仮の姿、実は自分こそがフィランデの第三王子タウケーン・ノアル本人である、てな感じで」
使者と偽っていたときの大袈裟な話し方はすっかり鳴りをひそめ、かといって王子らしい口の利きようかと問われれば決してそうではなく、大仰な身振り手振りは相変わらずで、さらにどこか得意げな表情までもが加わっている。タウケーンは、面白そうだろう、と二人に同意を求めたが、勿論、誰も賛同しない。
「まあ、そのときの演出方法も幾つか考えておいたんだけどねえ。しかし、事前に見破られたとなると趣向をちょっと変えないといけないな」
「……何故わざわざそんな真似を」
「俺、目立つの好きだから」
「……」
もう充分すぎるほどに呆れていたサフィラだったが、タウケーンの言葉が追い討ちをかけて、さらにサフィラを唖然とさせる。
「ま、そんなカタく考えずにさ、型通りの詰まらない式典に、ちょっとした刺激をもたらす余興って考えてもらえばいい。皆きっと驚くぞ」
そりゃ驚くだろう。サフィラは心の中で思った。
特に、娘の結婚式に万全の準備を整えている父王などは、その『ちょっとした余興』に腰を抜かさんばかりになるかもしれない。その情景を想像したサフィラは、一瞬、それはそれで見てみたいな、とふと思ったが、急いでその考えを打ち消した。
しかしまあ、このバカ王子は。サフィラは目の前の男を睨んだ。
どうやらタウケーン王子という人間は、どのような状況においてもその場の人々に一興と一驚を提供せずにはいられない人種らしい。婚約者どころか、一生の友にするのも考え物だ。
「サリナス」 ため息をつきながら、サフィラは眉間に指を当てて隣に座るサリナスに話しかけた。
「頭が割れるように痛いんだが、本当に割れていないかどうか見てくれないか」
「悪いが、サフィラ」 とサリナス。
「自分の割れ具合の方が気になって、人のを見てやる余裕はない」
この男にしては珍しく不機嫌さを隠そうともしない。もともと真面目な性格ゆえに、今回のタウケーンの悪ふざけには到底共感できないようだ。
サフィラはサリナスよりも柔軟な思考の持ち主ではあったが、いまだ王子に担がれたという思いをぬぐうことができずにいたし、さすがにタウケーンの享楽的な性格は勘に触った。
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