ACT 3 - A good dog seldom meets with a good bone -
やや肌寒い10月の風が吹き抜ける、センターエリアの高級住宅街ブロック。
華麗な外観の家々が立ち並ぶ中、ひときわ目を引くのが、
ハコムラ・コンツェルンの総帥・笥村聖が美貌の妻と住まう大邸宅である。
その豪奢な屋敷には、現在、警護の役目で雇われている人間が数人いる。
その代表格である阿南(アナン) という男は、多くを語らない人間だった。
だが、語らずともその風体から、男の過去を想像するのは困難なことではなかった。
いかつい顔立ちや暗い髪の色はアジア系の出身を思わせる。
しかし、その予想を裏切るかのように瞳は氷にも似た薄いブルーに輝き、
光の辺り具合によって、ブルーの中に冷酷な銀の色味が映える。
長身で2m近くあるため、大概の人間は彼に見下ろされる立場にある。
威圧的な存在感が全身から滲み出ている。
頬にはかなり以前に受けたと思われる銃創があった。
その傷跡が、阿南をしてどこか危険な男という印象を見る者に与えていた。
そして今、阿南は笥村邸の門前で、同僚の仁雲(ニグモ)と共に
不審な者が屋敷に入り込まないように目を光らせる役回りを与えられていた。
阿南はマセナリィの出身である。
彼自身は自らそれを語ることはなかったが、
語るまでもなく、その体格や傷を目にした人間の9割近くが、恐らくはそう予想するであろう。
数年前まで、彼は遠く離れた戦地で兵士として雇われ、
今でこそまともな職についているが、当時は硝煙と血の匂いの中で日々を送っていた。
『大災厄』 の終焉後も、その爪痕が完全に癒えるまでには時間を必要とした。
世界の一部では見せかけだけの平穏が声高に叫ばれ、
その一方で、内乱やクーデターが後を絶えず、戦乱の空気が各地でくすぶり続けていた。
世界から国家という単位が薄れつつある中、
傭兵 -マセナリィ- という働き口が、争うという目的の元に重きを置かれていた、そんな時代。
完全な、そして健全な復活を迎えるには
世界は未だある程度の騒乱期間を必要としていたのだ。
マセナリィは、そんな時代の過渡期に産み落とされた鬼子のように、世界各地で繁殖し続けた。
阿南も、その一人である。
だが。
一度混沌の地を離れてしまえば、マセナリィなど何の役にも立たない。
そのことを阿南は、ここニホンに来て否応なく思い知らされることになった。
ニホン。
当時、疲れ果てた心を抱くマセナリィ達は
最終的な避難所として、戦乱とは無縁の国・ニホンを選ぶことが多かった。
結果、ニホンは多国籍・無国籍化していくことになるのだが。
しかし、ニホンはそれまで阿南が過ごしてきた国とは、あまりにも別世界の国だった。
人があふれ、建物があふれ、雑然とした空気が其処彼処に漂う国。
人々は銃の撃ち方を学ぶ代わりに、知識と教養を学ぶ。
規律ではなく、礼儀作法を身につける。
辺りに広がるのは濃い緑の密林ではなく、銀と灰色の入り混じった建造物だ。
真逆の世界で育った阿南にとっては、すべてがカルチャーショックだった。
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