「それより、どう動く?」
諛左は J に尋ねた。
「相手はデカい分、入り込む間口は広いぞ。
いつもの人捜しみたいに、ダウンエリアを1、2周して済む話じゃないからな」
「それなんだよね。取りあえず、笥村邸とハコムラの本社は押さえとくべきだろうな。
笥村聖が失踪した頃の世間の動きもチェックしておきたいし……」
諛左に答えながら J は、明日から始まる厄介な日々を思って気を滅入らせた。
椅子の背もたれに身体を預けて、薄汚れた天井を睨みながら呟く。
「ああ、人手が欲しい……」
「普段、ナマけてるんだ。お前が倍働け」
「……諛左にも充分動いてもらうから、そのつもりで」
「給料分ぐらいは働いてやる」
「安サラリーで悪かったね」
「お前の取り分を削れば、もう一人ぐらい人が雇えるかもな」
「諛左の分を削るっていう案は?」
「却下」
諛左の素っ気ない返答に、J は顔をしかめてみせた。
J から毎月支払われる給料について、決して諛左が満足していないことは J も知っている。
だが、この男は、それについての不平不満をほとんど口に出さない。
ただ、行動をセーブする。
報酬に見合わない動きは絶対に避けるのだ。
対価という観点から考えれば当たり前なのかもしれないが、
時に無情さを感じさせる諛左の一貫した態度は、J を苛立たせることもあった。
まあいい。
J は麻与香が残していった小切手の額を脳裏に浮かべた。
今回は、諛左から超勤手当を要求されたとしても、やりくりはできる。
その分、いつも以上に動いてもらうことにしよう。
そう考えて煙草に手を伸ばした J は、ふと何事かを思いついてちらりと諛左の顔を見た。
「諛左。お前さあ……」
「何」
「あまり驚いてないところを見ると、もしかして、最初から知ってたんじゃないの?
あの女の依頼の内容のこと」
諛左はちらりと J を見て目を細め、意味ありげな表情を浮かべると、
「……さてね」
とだけ答えた。
J の耳には、それは肯定の意にしか聞こえなかった。
麻与香のペースに乗せられ、諛左には良いように動かされる。
そんな自分が非常に腹立たしく、かといって、自分ではどうにもできないことを J は呪った。
まったく、どいつもこいつも。
タイミングよく千代子が運んできたワインを手早く受け取ると、
J は苛立たしげな気持ちを抑えて一息で飲み干した。
-ACT 2- END
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