私室に家族の写真を飾るのが悪いとは思わない。
しかし、それがハコムラ・コンツェルンの総帥の部屋となると妙な違和感を覚える。
冷徹な経済的指導者であれば、
そのようなハートウォーミングなイメージとは無縁の存在であるべきだ、
などと言うつもりは J に毛頭ない。
ただ、その写真は J の心に引っかかった。
晴れやかな2人の笑顔は、J に麻与香の言葉を再び思い出させた。
『あたしはあのひとを愛しているわ』
「本心かな……」
思わず J は口に出して呟いていた。
少なくとも、写真に写る麻与香の表情を見た限りでは、本心であるように見える。
どうだか。
J は写真立てを元通りの位置に置いた。
今も昔も麻与香の言動に振り回されている自分に気づき、J は自らを嘲るように少しだけ笑った。
今度こそ、この部屋を離れるつもりで J はドアに足を向けた。
と、身を翻した J の手にぶつかって、
写真立ての隣に置いてある小さな卓上用のカレンダーが固い音を立てて床の上に落ちた。
J は大儀そうにカレンダーを拾い上げた。
どこにでも売っているような紙製のそれは、豪華さという点では物足りなかったが
逆にそのシンプルさによって周囲の重厚な調度品の中に埋没していたため、
目の前にありながら、J はその存在に気づいていなかった。
何気なく月毎に紙面をめくった J は、あることに気づいた。
カレンダーには、ところどころ青いペンで囲まれた日付があった。
印が付けられている日付に規則性はなく、
ある月は7日、19日、23日、別の月は15日、26日とバラバラだったが、
どの月にも必ず2つ、あるいは3つの青い丸が付いている。
囲む以外に、何の覚書もメモされていない。
何のマークだろう。
J はカレンダーに目を落としたまま、ぼんやりと考えていたが、
ふと思い立って7月の紙面を探した。
やはり、そこには青くくっきりとしたペンの跡が残っている。
5日、19日、そして26日。
笥村聖が行方不明になったのは、確か29日。
特に関連性はないか。
そう思いながらも、J はカレンダーを睨んでいたが
やがてそれを自分のコートのポケットにしまいこんだ。
無関係だとしても、何となく気になる。
後でミヨシにことわって、しばらくの間、預からせてもらおう。
好きにしろ、と言ったのは麻与香なのだから
カレンダーの一つや二つで、ミヨシもうるさいことは言わないだろう。
J は笥村聖の私室を後にした。
他の部屋を調べる気にはなれなかった。
多少の違いはあろうとも、どこも似たようなものだろうと J は判断した。
念のためドアを開けて覗くぐらいのことはしてみたが、
J の予想通り、どの部屋にも特に目を引くようなものは見当たらなかった。
結局、何かが見つかるとしたら、恐らくハコムラの本社だろう。
J はため息をついた。
勤勉になれ、とは諛左がよく言う小言だが、
勤勉な行動に必ずしも成果が付きまとう訳ではない。
J に言わせれば、『勤勉』 と 『無駄』 は紙一重なのだ。
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