仁雲が言葉を続ける。
「しかし、とても麻与香さんの御学友には見えませんね。ずっと年下に見える」
「東洋系 - イースタン - の年齢は分からないからな。
女は化粧で変わるから尚更だ。たいていは実際より若く見える」
言葉を切って、阿南がちらりと仁雲の顔を見た。
「……言っておくが、年相応よりも若く見える点ではお前も人のことは言えんぞ」
「そ、それは言わないでくださいよ」 仁雲は思わず顔をしかめた。
「自分、結構気にしてるんですから」
マセナリィとしての輝かしい経歴に似合わぬ童顔は、
今も昔も仁雲の悩みであり、阿南が仁雲をからかう一番のネタでもある。
「それにしても」 と仁雲。
「やっぱり単一民族なんでしょうね、あの髪と目は」
「さてな」
阿南自身は女の単一ニホン人の特性を確信している。
しかし今の時代、髪や目、話す言語だけでは出生国を定義する条件にはならない。
他国からの流民は今やニホン中に溢れ返っている。
仁雲のように帰化する者も少なくないのだ。
何代も前から住み着いて血が交ざり合えば、純粋とそうでない者の区別は難しい。
「……さあ、詮索はいい加減に打ち切って仕事に戻るぞ」 阿南は姿勢を正した。
ムダ話をしているところを主任に見られると、後がうるさい。
今日はいつもより機嫌が悪そうだからな」
それもそうですね、と仁雲も肩をすくめて定位置に戻る。
そして、再び門前の番犬に戻った2人である。
しかし阿南のアイスブルーの目には、
たった今、豪奢な屋敷の中に消えた、胡散臭い黒髪の女の後ろ姿が
何故かしっかりと焼きついて、しばらくの間離れそうになかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何なんだ、このやたらとデカい家は。
2人の護衛の間で軽く話題の的になっているとは思いもよらず、
『胡散臭くて上流階級には見えず、キツくて、どこかヤバそうな女』、つまり J は
笥村聖の邸宅に足を踏み入れた時点で、既に半ばウンザリ気味だった。
見る者に尊大で傲慢な印象を抱かせる大仰な屋敷。
これでは世に多くある有力者と変わらない。
笥村聖も自分の力を社会に誇示しないと気が済まない性分の人種なのか。
総帥とも呼ばれる男が持つ俗っぽさの表われと思えば、
まあ、可愛らしいと言えなくもないが。
J は善意からでなく、自分を納得させる為にそう思い込むことにした。
「こちらでしばらくお待ちください」
J が通された部屋は、
有産階級はかくあるべき、という世間一般のイメージを裏切らないほどには
豪勢な雰囲気を醸し出していた。
J はテーブルの上に灰皿があるのを確認して、
コートのポケットから煙草を取り出した。
階級と資産のある人々が住まうセンターエリアのブロックに足を踏み入れるのは
J にとって数ヶ月ぶりのことである。
麻与香の招待に喜んで応じる訳ではなかった。
だが、とりあえず情報集めの第一歩として、J は笥村家の本邸を選ぶことにした。
何度来ても、この辺りの景色や空気は J の心に馴染まなかった。
J 自身がハイクラスの人々に対して謂れのない反感を抱いているせいでもあり、
同時に、この場にそぐわない者の侵入を拒むかのような寒々とした疎外感が
ブロック全域に漂っているせいでもあった。
おまけに、久しく呼ばれていない 『フウノ』 という名前を何度も連呼されたことが、
J の精神的な疲労感に追い討ちをかけていた。
→ ACT 3-9 へ
「しかし、とても麻与香さんの御学友には見えませんね。ずっと年下に見える」
「東洋系 - イースタン - の年齢は分からないからな。
女は化粧で変わるから尚更だ。たいていは実際より若く見える」
言葉を切って、阿南がちらりと仁雲の顔を見た。
「……言っておくが、年相応よりも若く見える点ではお前も人のことは言えんぞ」
「そ、それは言わないでくださいよ」 仁雲は思わず顔をしかめた。
「自分、結構気にしてるんですから」
マセナリィとしての輝かしい経歴に似合わぬ童顔は、
今も昔も仁雲の悩みであり、阿南が仁雲をからかう一番のネタでもある。
「それにしても」 と仁雲。
「やっぱり単一民族なんでしょうね、あの髪と目は」
「さてな」
阿南自身は女の単一ニホン人の特性を確信している。
しかし今の時代、髪や目、話す言語だけでは出生国を定義する条件にはならない。
他国からの流民は今やニホン中に溢れ返っている。
仁雲のように帰化する者も少なくないのだ。
何代も前から住み着いて血が交ざり合えば、純粋とそうでない者の区別は難しい。
「……さあ、詮索はいい加減に打ち切って仕事に戻るぞ」 阿南は姿勢を正した。
ムダ話をしているところを主任に見られると、後がうるさい。
今日はいつもより機嫌が悪そうだからな」
それもそうですね、と仁雲も肩をすくめて定位置に戻る。
そして、再び門前の番犬に戻った2人である。
しかし阿南のアイスブルーの目には、
たった今、豪奢な屋敷の中に消えた、胡散臭い黒髪の女の後ろ姿が
何故かしっかりと焼きついて、しばらくの間離れそうになかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何なんだ、このやたらとデカい家は。
2人の護衛の間で軽く話題の的になっているとは思いもよらず、
『胡散臭くて上流階級には見えず、キツくて、どこかヤバそうな女』、つまり J は
笥村聖の邸宅に足を踏み入れた時点で、既に半ばウンザリ気味だった。
見る者に尊大で傲慢な印象を抱かせる大仰な屋敷。
これでは世に多くある有力者と変わらない。
笥村聖も自分の力を社会に誇示しないと気が済まない性分の人種なのか。
総帥とも呼ばれる男が持つ俗っぽさの表われと思えば、
まあ、可愛らしいと言えなくもないが。
J は善意からでなく、自分を納得させる為にそう思い込むことにした。
「こちらでしばらくお待ちください」
J が通された部屋は、
有産階級はかくあるべき、という世間一般のイメージを裏切らないほどには
豪勢な雰囲気を醸し出していた。
J はテーブルの上に灰皿があるのを確認して、
コートのポケットから煙草を取り出した。
階級と資産のある人々が住まうセンターエリアのブロックに足を踏み入れるのは
J にとって数ヶ月ぶりのことである。
麻与香の招待に喜んで応じる訳ではなかった。
だが、とりあえず情報集めの第一歩として、J は笥村家の本邸を選ぶことにした。
何度来ても、この辺りの景色や空気は J の心に馴染まなかった。
J 自身がハイクラスの人々に対して謂れのない反感を抱いているせいでもあり、
同時に、この場にそぐわない者の侵入を拒むかのような寒々とした疎外感が
ブロック全域に漂っているせいでもあった。
おまけに、久しく呼ばれていない 『フウノ』 という名前を何度も連呼されたことが、
J の精神的な疲労感に追い討ちをかけていた。
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J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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