ACT 5 - Everyone gets unlucky sometimes -
HBC の薄暗い地下道から徒歩で地上に出る階段を上りきり、
たどり着いた下界の空気を味わいながら、ようやく J は何かから解放された気分になった。
現代の要塞にも似た建造物の中に招き入れられ、
小奇麗ではありながら、どこか無機質な印象を与える内部の様子は
それだけで J の心を少しばかり冷えさせるものだった。
ひそかに監視されている空気感が、さらにその気分に拍車をかけていた。
営業日であれば、活気あるオフィスの日常風景を見せてくれるのだろうが、
休日の今日は、まるで金属の巨大ながらんどうの中にいるようで、
J にとっては実に居心地が悪かった。
ただでさえ、洗練された建物の中では自分の居場所を見つけづらい J である。
旧態依然とまではいかないが、
時間の経過によって多少の傷を負ったダウンエリアの事務所に居慣れている J にとっては、
どこか敷居が高いのだ。
明日、再びこの要塞を訪れなければならないと考えるだけで、気が重くなる。
威圧するような建造物から目を背け、J は足早に HBC を後にした。
帰り際、鳥飼那音は何度も 「送る、送る」 と言い張っていた。
必要以上に親切めかして裏心のなさをアピールするつもりなのか、
それとも、単に新車を見せびらかす機会を増やしたいだけなのか、
どちらの理由があるにしても(恐らくは後者であろうが)、J は勿論その迷惑な申し出を断った。
センターエリアの中心にある HBC から事務所まではかなりの距離だが、
もう一度那音の運転で命をすり減らすよりは、歩いて帰った方がましというものである。
そうでなくても、J は車に乗るより自分の足で移動する方を好む。
だから車のライセンスも持っていない。
細々と入り組んだダウンエリアでは車は逆に不便なのだ。
徒歩の方が小回りも利きやすい。
ここから事務所まで歩けば恐らく1時間は超えるだろうが、
J にとっては苦痛なことではなかった。
J はひたすら歩き続けた。
那音の車で肝を冷やされた行きの道筋は比較的交通量の激しい通りだったが、
帰りはそれを避けて、ビル街から居住区の外れを抜けるルートを J は選んだ。
その辺りはバザールと呼ばれるブロックで、センターエリアの人々が集う商店街である。
高級品しか気に召さないエリア住人達のお眼鏡にかなった老舗や、
今では手に入りにくい天然食材を扱った大型ショッピングセンターなどが
軒を並べて客の往来を待ち構えている。
品よく賑わう人々の間をすり抜けながら、
J は那音からの提案について、再び考え始める。
那音から執拗にインプットされた割には、C&S の情報に J はあまり食指が動かなかった。
笥村聖の捜索にさほど関わりがあるとは思えなかったし、
不確かさ、曖昧さという理由で、今ひとつスッキリしない。
しかし、全体的に胡散臭くはあるものの、
ところどころのディテールに真実味が見え隠れしているのも J の判断を迷わせている。
J の疲労した頭の中では、さまざまな思考が飛び交っていた。
そもそも、那音の頭ひとつから出たことなのだろうか。
那音は否定したが、背後で操っている人物がいるとしたら、やはりあの女のような気がする。
大層な依頼を投げつけておきながら、いろいろな方向から茶々を入れて
J を混乱させようとしているだけなのかもしれない。
もしもそれが真意であれば、今の時点でその狙いの75%は成功を収めているだろう。
だが、そうなると、本来の目的である聖探しもアヤフヤになってしまう。
一体、何を狙っているのか。
自分に何をさせたいのか。
連中、いや、麻与香の本意は?
考えれば考えるほど、
迷路の中で出口を求める子供のような気分になってしまう J である。
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