事務所のソファにふんぞり返る NO の姿を思い浮かべ、J はため息を吐いた。
「……嵐が待ち構えているところにノコノコ出向いていくのは、バカのすることだな」
と、傍らの小さな情報提供者を見る。
「ボクもそう思う」 と、したり顔のアリヲ。
「J と NO、会ったらゼッタイにケンカになるもんね」
「人聞きが悪いことを言うんじゃありません」 と、J。
最初に言いがかりをつけてくるのは、必ず向こうだぞ。
あたしは悪くない。改めるべきところがあるとしたら、NO だ」
我ながら言い訳めいたことを、と思いながらも J は断言した。
だが少なくとも、言ってることは間違っていない。
反論しない方がいい、と悟ったのか、アリヲも同調するように、うんうん、と頷く。
「まあ、とにかくアリヲ、千代子さんのメシの件、今日はパスだな。
NO 同席のディナーなんて、あたしはゼッタイに避けたい」
「うーん」 アリヲが唇を尖らせる。
「そだね。仕方ないか……でも、今日はパスが多いよ、J。図書館にも来てくれなかったし」
「スマン」
「あの時いた J のオトモダチ、初めて見たけど、ヘンな人だったね」
オトモダチ、というのは勿論、鳥飼那音のことである。
とんでもない、と言わんばかりの表情で J はアリヲの言葉を否定した。
「ヘンなヤツなのは大正解だけど、ちーっともオトモダチではありませんから」
「仲良さそうだったケド」
「お前の目の錯覚です。むしろ大嫌い」
「ふーん。諛左よりも?」
「……あれは好き嫌い以前に、あたしの天敵なの。だから、ちょっと質が違う」
「天敵って、マングースはヘビより強い、とかいうアレ? 諛左がマングース?」
「ま、まあ、そういう話だな」
「じゃあ、諛左って J より強いんだ。
ん? ていうか、J が諛左より弱いってこと? どっち?」
「……どっちも同じだけど、この話はもう止めようか、アリヲ」
邪気がないゆえに、なおさら J の神経に微細な穴をうがつアリヲの言葉を受け流して、
若干、墓穴を掘った感のある会話を J は無理やり打ち切った。
NO から始まり、那音、諛左、という話題のラインナップは、
それだけで J にとって好ましいものではない。
「それはともかく」 J は話の方向を変えた。
「事務所に帰れないなら、今日は外でメシ食おうか。パスが2回続いたお詫びに、おごるから」
「ホント? やったね」 アリヲの表情が無邪気に一転する。「J、大好きー」
「そりゃどうも」
喜ぶアリヲを傍目に、J 自身は多少なりとも罪悪感を感じていた。
NO と顔を合わせたくないがために、アリヲをダシにしているという自覚があるからだ。
あの男を避けてアリヲと街をぶらつくのは今が初めてのことではないが、
それもやはり情けないことだろう、と ひそかに J は反省している。
だが、アリヲ自身は J の思惑などまったく意に介していない。
オレンジ髪の少年にとっては、食事の当てさえあればそれで満足らしく、
出ていくのは J の金だと判っているから、遠慮も何もないのだ。
2人は大通りのバス停を背にして、慣れた道を歩き始めた。
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