『え! 銃って……』
絶句したあーちゃんの顔が、一瞬ぐいっと近付き、少し深刻な表情を宿す。
諛左とあーちゃんは、画面越しに目を見合わせ、
互いの瞳の中に、同じ連想が浮かび上がったことを悟った。
そして、同時に口を開く。
「J だな」
『J だね』
諛左は深く、短いため息をつく。
「だとしたら……マズイな。何しろ、今、ウチには、ありがたくない客が……」
そう言いながら、諛左は隣室のドアへ目を向けた。
その向こうでは、同じように銃声を聞き付けたのだろう、
部下に何事かを命令している NO のこもった怒声が響いている。
そして、慌しく部屋を出て行く数人分の足音。
それもやがて静かになる。
AZ を掴んで、空っぽの隣室へと戻った諛左は、軽く舌打ちをした。
スラムとは異なり、この界隈は、色褪せた生活を送る人々がひしめいているとはいえ、
夜な夜な銃声が響き渡るほど治安が乱れた地域ではない。
そんな沈滞したエリア内で発砲があったということは、
所轄の警察にしてみれば、さあ殺人か、抗争か、それぐらいの勢いで色めき立つことだろう。
いや、警察自体の思惑はともかく、厄介なのは NO だ。
恐らくは今も、嬉々として飛び出して行ったに違いない。
何事かが起こらないか、いや、起こる筈だ、と常に期待して止まない不良刑事にとっては、
たった今聞こえた銃声は、目の前に吊るされたニンジンのようなものである。
もしも、あーちゃんと諛左が懸念している通り、
銃声が放たれた、その先に J がいるのだとしたら。
(そして、恐らく、その予想は92%の割合で当たっているに違いないが)
NO に見つかる前に、J を確保しなければならない。
でないと、この上なく面倒なことになる。
いや、それよりも。
諛左はデスクの引き出しから拳銃を取り出し、スーツの内側に納めた。
J は銃を持っていない。
「アーサー、悪いが、切るぞ」
急いた口調の諛左に、あーちゃんは画面の向こうから、
『え、ちょ、ちょっと待って、俺も……』
と言いかけたが、諛左は無視して通話スイッチを切った。
何事もなければ、後になって笑い話で済むだろう。
胸の内で、そう返事を返したが、勿論、あーちゃんには伝わっていない。
何かあるとしたら、場所は判っている。
今しがた話していた、例の空き地だ。いや、広場か。
前言撤回だ、アーサー。
J の手に負えないことも、たまにはある。
それにしても。
大股で事務所の入り口に向かいながら、
こんな時ではあるが諛左は心の内で、J に対して毒づいた。
銃を持つ相手に、もし素手で向かっているとしたら、あの女はバカだ。
あれほど慎重でいろ、と言ったのに。
揉め事が絶えない筈だ。
もう少し大人しくしていてくれれば、自分だって無駄に動かずに済むのに。
慣れているとはいえ、腹立たしい。
そう、腹が立つのだ。心配している訳じゃない。
奇妙な言い訳を自分自身に言い聞かせ、
苛立ちと、その中に若干の不安を抱きながら、諛左は事務所のドアを出た。
廊下には、突然沸いた慌しさに、何事か、という表情の千代子が立っている。
今宵、NO を溺れかけさせたコーヒーの、5杯目のカップを取りに向かう途中だろう、
トレイを手にしながら、何か問いたげな千代子に向かって、
「しばらく空けるので、留守をよろしく」
とだけ言い残し、諛左は走るに近い足取りで階段を降り、事務所を後にした……。
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