「銀星玉?」 サリナスが近づいた。「へえ、大きいな」
「うん……大きい」 サフィラが同意する。
確かに大きい。昼間、自分が使者から受け取ったものよりも。
サフィラはしばらく黙った後、片方の手の銀星玉と、もう一方の手で襟元をつかんだままの使者の顔をかわるがわる見比べた。やがて、その視線が使者へと固定する。
「何故お前が、これを持っている?」
サフィラは使者に問うた。使者はサフィラから目をそらし、さきほどまでの軽薄な仕草とは打ってかわってそわそわし始めた。
「な、何故とは」
「フィランデの銀星玉を身につけられるのは王族のみと聞いている。一介の使者にすぎないお前が持つには不相応な品だ。どこで手に入れた? 盗んだのか?」
「め、滅相もございません! そ、それはですね、私の日頃の忠誠に対して、タウケーン王子よりご下賜いただいたものでして」
「私がもらったものより、はるかに大きいこの銀星玉をか? あり得ないだろう!」
何故かそこにこだわるサフィラである。
「おい、サフィラ、一体何が」
状況が分からないまま、さきほど火傷した手をさすりながら尋ねるサリナスを制し、サフィラは使者を問い詰めた。
「お前は何者だ」
不埒な者であれば容赦せぬとばかりに睨むサフィラを、使者はしばらく見つめていたが、やがて諦めたように力を抜いて投げやりな態度で椅子に腰を下ろした。襟元はつかまれたままである。
「……逃げやしないから、この手を離してもらえるかな」
突然、使者の口調が変わったことにサフィラとサリナスは軽く目を見開いた。サフィラはゆっくりと、それでも疑わしげに手を緩めた。やれやれ、と使者がため息をつく。
使者は腕組みをして二人を見た。その顔には、さきほどの人をからかうような表情が戻っている。
「……使者の役回りというのもなかなか面白かったが、盗人扱いされては困る。ああ、それを」
使者はサフィラの手の上にある銀星玉を指差した。
「返してもらえるかな。王女サマが引っ張るから鎖が切れたようだ」
使者の豹変ぶりに少しばかり戸惑いながらもサフィラは銀星玉を握り締めたまま、もう一度尋ねた。
「お前……誰だ」
「確かに銀星玉はフィランデの王族にのみ許される至極の宝玉だ」
使者はサフィラの問いには答えず言葉を続けた。
「下々の者は目にしたことすらないだろう。だが、そこまで分かっているなら、盗人などと言わずに、もう少し想像力を働かせてもらってもいいと思うがね」
目の前の使者、否、今は正体の知れないこの男の言葉に、サフィラは突然一つの考えに行き当たった。そして、呆然とした。
数秒遅れて、サリナスが同様のことを思いつき、同様の表情を浮かべる。
「……ご本人様?」
ひどく驚いている心中とは裏腹に抑揚のない声がサフィラの口からもれる。
それに続いて、サリナスは、もはや無表情で呟いた。
「タウケーン……王子」
王子、と呼ばれた男は、すでにサフィラとサリナスには馴染みになった薄笑いでそれに応えた。
サフィラは全身が固まってしまったかのように男を見つめた。
サリナスはといえば、事ここに至っては、もうお茶一杯分の時間だけで事態が収まらないことを暗黙のうちに悟り、思わずこめかみを押さえた。
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