「まったく父上も大した相手を結婚相手に選んでくれたものだ。何が『似合いの一対』だ。面白がりで目立ちたがりなだけの軽薄男じゃないか」
サフィラは、突然父王から結婚を言い渡されたときのことを思い出し、思わず手にしていた銀星玉で机の上を苛立たしげに何度も打ち鳴らした。傷がつくから、と慌てて止めようとするタウケーンを「やかましいっ」と一蹴する。
「だいたい、自分が楽しむために騒動の元を起こすなんて、少なくとも一国の王子の地位にある者が考え付くことじゃないぞ。不謹慎な」
数日後には、一国の王女の地位にある自分自身も不謹慎なことを仕出かそうとしていることなど、すっかり忘れているサフィラである。
「おやおや」 タウケーンがからかうような表情を見せる。
「親の目をかすめて好き勝手している王女サマには言われたくないね」
むっとしたサフィラが反論する。
「私はお前のように酔狂でやってるわけじゃない。ちゃんと思うところがあって、私なりに考えて行動しているんだからな。一緒にするな」
「ほう、ご立派なご意見だな」 タウケーンは、果たしてそうかな、という表情でサフィラを見る。
「その 『思うところ』 ってやつをぜひお聞きしたい気もするが、それを言うなら、思うところがあるのは俺も同じさ」
「ほう」 今度はサフィラが疑わしげな表情を見せた。「それこそ聞いてみたい」
「それは、あんただよ、王女サマ」
「私?」 いつの間にか 『あんた』 呼ばわりされていることにも気づかず、サフィラが驚く。
「私が何なんだ」
「今回の例に限らず、大概において、王族同士の結婚は当人の意志とは別のところで決定されるのが普通だ。だがね」
タウケーンは身を乗り出し、それに反してサフィラが思わず身を引く。
「会ったこともない、ましてや顔を見たこともない相手と結婚するなんて、分の悪い賭けを押し付けられているようで俺の主義に反するんだよね」
「か、賭けだと!」
サフィラは思わず目をむいたが、その怒号が飛び出す前に、タウケーンは手でサフィラを制して言葉を続けた。
「その後の人生が懸かっているんだ。ある意味、賭けみたいなもんだろう。で、式の前にぜひ一度あんたに会って、せめてアタリかハズレかを確認しておきたかった……っていうのが、まあしいて言えば理由の一つかな」
「……」 もはや言葉もないサフィラである。
「実際会った感想としては、そうだな……」 タウケーンはじろじろとサフィラを見回した。
「ま、アタリだな。幼さはともかく、将来性のある美形だし、俺としても一安心」
「……」
しゃあしゃあと言ってのけるタウケーンに、サフィラは思わず隣のサリナスを見た。
「……サリナス、お前、飲んでばかりいないで何か言ってやれっ」
話を振られたサリナスは、王子の戯言にはもう付き合いきれぬという様子で、かなり前から二人の会話にも加わらず、喉の渇きを癒すことだけが自分の役割とばかりに茶碗に手を伸ばし続けていた。
当然、サフィラへの答えはつれない。
「俺には関係ない」 サリナスはそっぽを向いた。
「俺は第三者だからな。結婚前の痴話ゲンカは当人同士でやってくれ」
「痴話ゲンカとは何だ、痴話ゲンカとはっ」
「大きな声を出すな。夜中だぞ」 抗議するサフィラにも、あくまで素っ気ないサリナスである。
「できれば、ケンカの続きは城に帰ってからにしてもらいたい。いや、城でなくても、俺の家以外ならどこでもいい。とにかく頼むから」
頼むから、二人ともここから出て行ってくれ。声を大にして言いたいサリナスだった。
サリナスとしては、ついさきほど故郷からの手紙を読んでいたあの静かな時間までさかのぼって、今まで起こったすべてを消し去りたい、という心境である。
やれやれ冷たい男だ、とタウケーンが首を振る。「王女サマ、恋人は選んだ方がいいね」
「恋人じゃないっ」 サフィラとサリナスが同時に叫ぶ。
からかわれていると分かっていても、ついムキになって答えてしまうところが、タウケーンに言わせるなら非常にからかい甲斐のある二人である。
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