さあ、どう説明してくれる、と言わんばかりに腕組みをしてサフィラを睨むサリナスと、困る困ると言いながらも、その実、面白いことが起こりそうだという予感にほくそ笑むタウケーンを前にして、サフィラは思い詰めた表情を浮かべていた。
思い詰めているように見えるのは、決して反省しているからではなく、二人をどのように丸め込もうかと頭の中で一生懸命考えていたからである。
とりあえず、正攻法で攻めてみよう。
サフィラはできるだけ真面目な顔を作って、サリナスの方を向いた。
「サリナス、お前もさっき言ったが、以前私が言ったことは本心だ。決して責任を逃れようとしているんじゃない。それだけは分かってくれ」
「サフィラ、俺の目を見て話せ」
「う」
サリナスの黒い瞳が 「適当なことを言ったら、ただじゃおかん」 と言いたげな光を放っている。サフィラは何とか苦労して視線をその目にを合わせ、話を続けた。
「結婚は王族の務め。それも十分理解している。でも」 サフィラは言葉にやや熱を込めた。
「今はイヤなんだ。まだ15なんだぞ、私は。もっとやりたいことがたくさんある。魔道も剣も。もっと知識を深めたい。もっと技術を高めたい。魔道騎士として今以上の高みをもっともっと目指したい。お前だって魔道騎士なら、この気持ちは分かるだろう?」
「それは……まあ」
サリナスの表情が少し曇る。サフィラの言葉に、かたくなな心が軟化したようだ。
よし。サフィラは机の下で拳を握った。この調子で切々と訴えれば、生真面目なサリナスを説き伏せられるかもしれない。
タウケーンが横から口をはさむ。
「結婚した後も、その魔道やら剣やら続けて構わないぜ。俺はそういうの興味ないけど、別に止めろとも言わないからさ」
「お前は、今は黙っててくれ」
サフィラに睨まれてタウケーンは、へーい、と返事を返す。
サリナスは少し考えて、口を開いた。
「そこまで熱意があるなら、もっと早くに王や王妃とよく話し合ってみるべきじゃなかったのか。誠心誠意話せば、きっと……」
「話し合う?」 サフィラは目を吊り上げた。
「話し合って理解してもらえるようなら、最初から逃げ出すことなど考えずにそうしてる! そりゃ何度も懇願したさ。でも、『命令だ。逆らうのは許さん。でも城は壊すな』 と言って逃げるだけの父上と、『結婚は女の幸せです。間違いありません』 と信じて疑わない母上には、私の誠心誠意などまったく通じなかったんだぞ!」
「そ、それも、ある意味では親心なんじゃないか?」 サリナスは幾分、自信なげだ。
「親心? この先、相手が見つかるかどうか分からないからといって、娘をどっかのバカ王子と娶わせようとするのが親心か? そうやって片付けられる私の気持ちがお前に分かるか、サリナス? 分かるはずがない! 何故なら、お前はバカ王子と結婚する必要がないからだ!」
「そ、それはそうだが」
もはや冷静とは言いがたいサフィラの極論だが、勢いに押されてサリナスがつい頷く。
ひとしきり話した後の荒い呼吸を落ち着かせ、サフィラは口調を改めた。
「サリナス。何も 『結婚しない』 と言ってるわけじゃないんだ。もう少し、もう数年後なら、私も受け入れる。だが、今は……」
「俺は待ってもいいけど」 とタウケーンが割り込んでくる。「どうせヒマだし」
「お前はとっととフィランデに帰って、領主にでも何でもなってしまえ、バカ王子!」
「それが嫌だから、今回の話を受けたんじゃないの。それからさ」 タウケーンがぼそりと呟く。
「その 『バカ王子』 っていうの、いい加減やめてほしいんだけど」
タウケーンの願いは、うるさいバカ王子、というサフィラの一言で却下された。
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