「それにしても、王」
捜索の打つ手すべてが不作に終わる中、この上なく苦い表情を浮かべる王に、侍従長のクェイドがそっと耳打ちする。
「あちらの方には、何とお伝えしたものでしょうか」
「あちらの方とは?」
「その……」 珍しくクェイドが言いよどむ。「あちらの……フィランデの……」
「む」
そうだった。王は新たな面倒事を思い出して、さらに頭を悩ませることになった。
ヴェサニールの城には明日の式に先駆けてフィランデからの使者が数人訪れている。今のところ、城内には緘口令が敷かれているため、恐らく使者の耳にはまだ事の次第が届いていない筈である。
しかし。
花嫁になる筈だった自分の娘が逃げ出した、という事実を、花婿側の人間にどのように伝えればよいものか。王は頭を抱えた。否、どう伝えたところで角が立つのは見えている。フィランデの国王とは友人同士の間柄だが、さすがに今回は不興を被るに違いない。
「……仕方がない」
だからと言って、ずっと黙っていることは不可能である。
何と言っても明日はフィランデの国王、王妃ともども式に出席する予定なのだから。ならば、その使者にも早いうちに伝えておくべきか。
王は苦々しい口調でクェイドに言った。
「使者殿に会おう。王の間にお越しいただくように」
フィランデの使者数人が王の間に現われたのは、それからかなり経ってのことであった。
結構な時間を待たされた王にしてみれば、事件を聞いた使者が大層機嫌を損ねてやってくるのではないか、と気が気ではなかったが、現われた使者の表情はむしろ青ざめて、むしろ何かしらを恐れているような様子にさえ見えた。
王は怪訝な顔をした。
よく見ると、使者の数が一人足りない。先日の婚約式でサフィラに口上を述べた、一番華やかな使者の姿が見当たらなかった。
それはともかくとして、王は伝えるべき話を伝えるべく、重々しく口を開いた。
「あー、実は、使者殿。その、何と言うか、此の度は何とも面目ない事態になってしまって……」
「申し訳ありませんが、ヴェサニール王よ」
使者の一人が、相変わらず青い顔をしたまま王の言葉を遮った。
「こちらの方でも、実はそれどころではない事態が持ち上がってしまい……」
「それどころではない?」
謝罪すべき立場にある王だが、みずからの発言を邪魔され、さらに自国の王女の失踪を 『それどころ』 扱いされたことに、少しばかりむっとする。
しかし、よく見ると使者達はどこかしらそわそわと落ち着きがなく、王の不興すら目に入らない様子である。
逆に不審の念を抱いた王は、使者に問うた。
「使者殿には、いかなる気がかりをお持ちかな? 様子が普通ではないように見受けられるが」
「はあ」 と曖昧な返事を返すだけで、使者は視線を泳がせている。
王と使者達の間にしばし微妙な沈黙が流れたが、やがて、言葉を詰まらせた使者に代わって別の使者が意を決したように王を見た。
「実は、私どもの一人が……今朝から姿が見えないのでございます」
「姿が見えない?」 王は使者の言葉をそのまま問い返した。
「それは、どういう意味かな?」
「言葉通りの意味でございます」 使者が畏まって答える。
「昨晩は確かに部屋にいるところを見たのでございますが、朝、私どもが目覚めましたときには、既にどこにもおらず、今しがたまで所在を捜していた次第なのでございます」
遅れて現われたのはそのせいであったか、と王はどこかほっとした。
しかし、別の懸念が胸中に持ち上がる。
「確かに、お一人足りないようだが……城下に降りられたのでは?」
「いえ、御国の門番の方にお尋ねしても、そのような人間は通らなかったというお話でして……」
「では、いずれ、城内を見聞なさっているのではないのかな?」
少し苛立って王が答える。王としては、こんな非常時に人の城の中を勝手にうろつきまわるな、と言いたいところだったが、それをそのまま言い放つわけにもいかない。
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