「よりによって、なんて依頼を持ってくるんだ、諛左。麻与香だって? 全く……」
眉間に指を当てて顔をしかめる J を無視して諛左は言葉を続けた。
「旧姓、耶津(ヤリツ)麻与香。27歳。ニホンのTKポリス・シティに生れる。
現状と違って 『裕福』 とは無縁の幼年時代を過ごす。
両親は麻与香が9歳の時に事故で死亡。
以後、父親の義理の弟の世話になる。義理の叔父の名は……」
「知ってる。鳥飼那音(トリガイ・ナオト)だろ」
J は憮然として口を挟んだ。
「若くて金持ち。『いかにも』 って感じのヤバそうな男だった。当時はね。
ついでに言えば、チビで童顔」
「さすがに記憶力はいいな」
「今まで忘れてたさ。というか、思い出させるなよ」
諛左は肩を竦め、言葉を続ける。
「その鳥飼がどんな素性でどんな風に成り上がったのかは余り知られちゃいない。
麻与香の実父と共同で事業を興したらしいが、その経営はうまくいっていなかったようだ。
兄弟仲は極めて空々しい間柄だった。
鳥飼と違って、父親の方はまったくの堅気で、
方針の違いから口論は日常茶飯事だったというのが当時の仕事相手の意見だ」
「麻与香の両親の死因だって本当に事故かどうか怪しいもんだね」
「という噂も当時はあったらしいな。
裏の世界に手を染めて成り上がり続けた鳥飼だが、
麻与香の結婚によってコンツェルン内部での株主というポジションを得た。
育ての親に対する麻与香の感謝の念か、
または単に那音の方から取り入っただけなのかは知らないが、
成り上がりもここまでくると一つの才能だな」
「そんな話に興味はないよ」
J は面倒そうに頭を振った。
「あたしが知ってるのは、
そのヤバい男に育てられた麻与香は、どっかのネジが一本外れちまったってことだけ。
麻与香に言わせりゃ 『那音には何から何まで教わった』 らしいけど」
「何を教わったのかは怪しいが、彼女自身の頭脳は相当なもんだったようだな。
ジュニア・スクール、ハイ・スクールともに五指に入る成績を通し、特待生として学費免除。
その上、飛び石でセントラル・カレッジへ進級。たいしたもんだ」
諛左の言葉に皮肉の色が浮かんだ。
「どこかで聞いた話だと思わないか、J 」
J はちらりと目の前にいる男に視線を投げた。
そして、すぐに反らす。
「それから?」
「それから? その先はお前の方が詳しいだろう?
何しろキャンパスでの 『オトモダチ』 だったんだからな」
「……」
押し黙って J は諛左を軽く睨んだ。
自分の中で、否応無しに当時の記憶が呼び覚まされていくのを、J は感じていた。
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