『考え過ぎることはないさ』
同じ時期にニホンへ渡ってきたマセナリィ仲間の一人が、阿南に言ったものだ。
『 完全な平和、とは言い切れない。
だが、ともかく世界は何とか落ち着きを取り戻そうと努力しているように見える。
そうなれば、マセナリィの出番は今後ますます縮小されていくだろう。
お前も俺も、その流れに乗り損ねないようにすればいいだけのことさ 』
その男は黒く光る鋭い瞳と黒髪のニホン人だった。
自分にとっては里帰りというところだな、と笑っていた。
そうなのかもしれない。
阿南は実際にニホンを目の当たりにして、男の意見を認めざるを得なかった。
小奇麗で整えられた街並み。
それゆえに硬質で冷たい印象をもたらす都市空間は、
近い未来には、ニホンだけではなくトーン・ワールド全体に広がる予想図なのだろう。
ため息とも吐息ともつかず、
曖昧に息を吐いて天にそびえる建造物を見上げたことを、阿南は覚えている。
平和なニホンではあったが、阿南は不思議と職には困らなかった。
そこそこハイレヴェルな階級 - クラス - のマセナリィに属していた彼は、
数多の選択肢の中で、結局、要人宅の警護というポジションに納まった。
そして、今ではニホンを動かす笥村一族の邸宅をガードする、という大役を獲得することで、
皮肉にもマセナリィであった頃の実力を証明することになったのだ。
しかし実のところ、阿南自身は今の自分の位置づけに、そう満足はしていなかった。
不平があるというわけではない。
報酬は申し分なく、それに見合うだけの働きをしているという自負もある。
ただ、それだけでは満たされない部分が、
自分の心の奥底に潜んでいることを阿南は気付いていた。
時々彼は自らに問いかける。
仕立ての良いスーツを身につけ、いい部屋に住み、なんら不自由のない生活。
何かが違うような気がする。
自分がいるべき所は、ここか?
つい数年前までは、
銃弾が飛び交い、明日の命の保障もない血なまぐさい場所にいた自分。
今はどうだ。
他人を守るためにのみ存在する自分が、ここにいる。
生き抜くことが目標だったあの頃の緊迫感を失った自分、『 生 』 への執着を欠いた自分が。
誰かを守ることが無意味だと断言するつもりは阿南にはない。
それはマセナリィも同じことだ。雇い主が 『 国 』 か 『 個人 』 かの違いに過ぎない。
そんなことは阿南にも判っていた。
ただ。
以前自分がいたのは、
自らが戦い、生き残ることが勝利につながる、ある意味シンプルで明瞭な世界だった。
今は違う。
敗北はないが、勝利もない。
ガードするべき対象を守り抜くことが勝利なのだ、と言えないこともない。
だが、そこには自分が生きている実感が皆無である。
結局、自分は血に餓えた、ただの争乱バカなのだろう。
阿南の結論はいつも諦めに近い形でそこに落ち着くのだ。
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