「それから……」
ミヨシがやんわりと付け加える。
その声に麻与香の回想が一瞬途切れ、現実を呼び起こした。
「言動や物腰は、どこか冷めた雰囲気をお持ちでしたが、
ご気性は正反対なのではないか……とも、お見受けいたしました」
「あら、クールなのは見せ掛けだけってこと?
それとも、クールを装っているってことかしら?」
「装う、と言うよりは……」 麻与香に質されて、ミヨシはさらに困り顔になる。
「ご自分の感情をうまくコントロールされているのだと思います。
しかし、一度リミッターが外れてしまうと、
ご自身でも自らの感情を持て余してしまう、そんな方ではないでしょうか」
「怒らせちゃいけないタイプってことね」
「まさに」
「何故、そう思ったの?」
「目でございます」
ミヨシは即答した。
ほんの一瞬、老人の表情から穏やかさが消え、眼光が鋭く光る。
「冷静でいながらも、目の力が非常に強いのです。
一度、目を合わせたら、なかなか逸らせず、そのまま視線が突き刺さってくるような。
こちらが迂闊なことを申せば、いきなり襲いかかってこられるような気までいたしまして……」
「野獣じゃないんだから」
「はあ、それはそうなのですが」
再び、柔和な表情を取り戻したミヨシは、申し訳なさそうに麻与香に頭を下げる。
「すべてわたくしの印象ですので、根拠は何もございませんが」
「いいのよ。根拠なんて必要ないわ。あなたの目が利くことは分かってるから。
それに、どうやらあなたもフウノを気に入ってくれたようだし」
微笑みながらミヨシが会釈する。
「さすがに奥様のご学友だけあって、なんとも興味深い、ユニークな方でいらっしゃいますね。
『今回の一件』 は抜きにして、一度じっくり話をさせていただきたいものでございます」
「『ユニーク』 ねえ……随分、平凡な表現だこと」
「はあ、ボキャブラリーが少ないので、それ以外に妥当な言葉が見つかりません。
申し訳ございません」
別に謝るほどのことでもないのだが、
律儀な老人は心底申し訳なさそうに麻与香に頭を下げてみせる。
頭の位置を戻した時、ミヨシはふと何かを思いついたような表情を浮かべた。
「……そういえば、警護の阿南でございますが」
「阿南?」 麻与香は少し眉をひそめて、名前の主を思い出そうとした。
「……ああ、あのデカい男ね。頬に傷のある」
「そうでございます。ミス・フウノがお見えになった時、屋敷の警備に当たっておりました。
それでミス・フウノと接した際に、どうやら何らかの 『関心』 を持ったようでして……」
「ふうん?」
ミヨシの言葉は麻与香の興味を引いたようだった。
それで? という目つきで先を促す。
「恐らくは、阿南もわたくしが感じたのと同様の思いを抱いたのではないでしょうか。
それに、ミス・フウノにおかれましても、
阿南の存在が少々気にかかるようなご様子でした」
J が笥村邸から出て行く姿を、実はミヨシは邸内からそっと窺っていた。
そして、阿南と J がすれ違った時の様子を見逃してはいなかったのだ。
「あら、そうなの? ……へえ、阿南ねえ」
麻与香が面白そうに呟いた。
キャッツ・アイの瞳に浮かんだ光が、妖しさを増す。
「阿南、阿南か……面白そうだわね」
麻与香の脳裏に、自分がプロデュースするゲームの先行きが浮かび上がる。
『J』 というひときわ大きなコマと、それを取り巻く大小さまざまなコマ達。
その一つに、たった今、
アイスブルーの瞳を持つ2m近い巨体の男が加わったようである。
「また、何か悪巧みでございますか?」
悪戯めいた微笑みを浮かべる美貌の女主人を見やりながら
ミヨシはわざとらしくため息を吐いてみせた。
「困った方でございますね。
そういうところは、本当に旦那様とそっくりでいらっしゃる」
「悪巧みとは失礼ね」 さほど失礼とは思っていない口調で麻与香は答えた。
「あたしは、楽しいことを、もっと楽しくしたいと思っているだけ。
悪巧みだと思うなら、ミヨシ、あなた、あたしを諫めてみれば?」
挑戦的な言葉と眼差しの麻与香に対して、ミヨシはにっこりと微笑んだだけだった。
「いえいえ。お二方に負けず、わたくしも楽しいことは大好きでございますから」
-ACT 3- END
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