J はアリヲと連れ立ってライブラリへと向かった。
他の公的施設の多くがそうであるように、
ライブラリはこの街区でもっとも広い大通りに面している。
今2人がいる場所からは、徒歩で約10分の道程だ。
さほど遠くはないので、バスは使わない。
それにアリヲは乗り物嫌いなので、
この少年と何処かへ行く時は、たいてい歩いての移動になる。
アリヲは J より一歩先を進み、時折振り返っては J に話しかける。
そのたびに段差につまづいたり、路地から出てきた人影にぶつかりそうになるので
危なっかしいこと、この上ない。
「アリヲ、ちゃんと前見て歩きな。フラフラしてんじゃないよ」
「だいじょぶ。ボク、後ろにも目があるから」
「そんな人間、いるか」
「J、ボクね、また身長伸びたんだよ」
何の脈絡もなく話題を変えるのは、アリヲの癖である。
以前なら、次々と話が移る目まぐるしさについていけなかった J だが、
今ではすっかり慣れてしまい、会話のリードをアリヲに任せっきりにしている。
「ふーん、今、身長どんだけ?」
「えーっとね、この前、学校の健康診断で計った時は、145センチだった。
前に計った時よりも2センチ増えたんだ。2ヶ月で2センチ。すごくない?」
すごいのかどうかは J にも分からないが、
普段から 「目指せ150センチ」 という目標を掲げているアリヲにとっては、
少しずつそれに近付いていく数値が嬉しくてたまらないらしい。
「1ヶ月ごとに1センチか。
単純計算したら、1年間で12センチ伸びることになるな」
「すごいでしょ。ずーっとこんな感じで伸びてくんないかなあ」
「そのペースで伸び続けたら、あたしくらいの年には、お前、身長3m超えるよ」
「あ、それ、いいね」
「いいのかよ」
他愛無い会話を繰り返しながら、2人はゆっくりと歩く。
ようやく裏路地から大通りに差し掛かり、
2人の視界にライブラリの古びた外観が見え始めた時。
BEEP! BEEP!
いきなり車道から派手なクラクションが鳴った。
J とアリヲを含めた周囲の人間たちが足を止め、皆の視線が音の元へと向けられる。
誰の目にも明らかな高級車がエンジンをかけたまま歩道に横付けされている。
艶光りしたシャープな車体と軽薄な赤い色。
乗り手の性格が自ずと知れるタイプの車だ。
ダウンエリアの風景に不釣合いなこと、この上ない。
J の隣でアリヲがオレンジの瞳を丸くしながら、
「わ、ハデな車」
と小さな声で呟く。
クラクションに振り向いた人々は、
ある者は胡散臭そうな瞳を車に向け、ある者は迷惑げに舌打ちした。
そして、何事もなかったかのように再び自分の道を急ぎ始める。
皆に倣うように、アリヲを促して足を先に進めかけた Jだったが、
ふと心の中で何かが引っかかり、もう一度立ち止まって車へと目を向けた。
それは、何となく見覚えのある車だった。
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