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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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「ほんの少しの事実があるっていうだけで、
どうやったら、そんなふうに無理やり物事を結び付けられるのかね。
その想像力は、ある意味ひとつの才能かもしれないな。スゴイですねぇ」

揶揄とも嘲りともつかない(恐らくは後者であろうが)、
そんな J の言い様に那音は少しムッとした表情になり、
その顔つきは、ただでさえ童顔な那音を、さらに子供じみて見せた。

「また、そうやってバカにするんだな、フウノ。
俺、結構真剣に考えたんだぜ、今の仮説」

「本気で言ってんの」

「本気も本気」

答えながら那音は新しい煙草を取り出そうとしたが、
箱の中身がカラであることに気づき、それを握りつぶして J の方へ指を1本立てた。
こっちも残り少ないんだ、と顔をしかめながらも、J は自分の煙草を差し出してやる。
那音が2本抜いたのを見逃さず、内心ではこの野郎、と思った J だが、
あまりに悪びれない相手の表情に呆れたのか、黙っている。

「これは俺のカンなんだが」 那音が続ける。
「麻与香は今、絶対に何かをやらかそうとしている。
それが何なのかが分からない。俺はそれが知りたいんだよ。
だから、フウノに協力を申し出たってワケさ。
まあ俺は俺で、いろいろ探っているんだけどよ」

「本人に直接聞けば?」 と J。
「何たって、あんたはあの女の 『伯父さま』 なんだから」

「あのな、もし麻与香が本当に何かを企んでるとして、
あいつが俺にそれを素直に打ち明けると思うか?」

「思いません」 J は即答する。

「その通り」

「だからって、何も裏でコソコソ嗅ぎ回らなくてもいいものを。
第一、あたしが調べてるのは笥村聖の消息であって、
麻与香の腹黒い野望のことなんか、どうでもいいの」

「でも、その2つが繋がってるかもしれない、ってのは、今話した通りだろ」

「そうだっけ? 話が長すぎて、どんな内容だったか覚えてないよ」

「じゃあ、もっかい最初から話すか?」

「……それだけは、やめてください」

あながち冗談ともいえない口調の那音の提案を、ウンザリとした面持ちで J は拒絶する。

ハコムラ本社に入ったのはおよそ正午頃。
そして今、窓から差すどんよりとした光は少し陰りを帯びて見え、
ある程度の時間が経過したことを J に告げている。

その間ずっと那音が語った話から、目の前の男の意図を J は大よそ理解した。
しかし、予想を上回る量の情報を得た感は確かにあるものの、
その信憑性については、聞き終った今でも疑いの域を出ない。

この男は、どこかしら自分の考え(あるいは憶測)に固執しているようで、
別の見方をすると、J にミス・リーディングを誘っているようにも思える。
とりあえず表面的には、いかにもありそうな話を並べて取り繕っているが、
真意の程はどうなのだろうか。

それよりも J にとって面白くないのは、
協力すると言いながらも、
肝心のことは J に探らせようと煽っているフシが那音の中にありありと見える点だった。

結局、麻与香と同様に、
この男も自分を良いように振り回そう、という腹なのかもしれない。
そう考えた J は多少の馬鹿馬鹿しさも覚えながら、
とりあえず今日のところはこれで退散すべきだろう、と考えた。
那音はともかく、聞き手としての J の容量がすでにフルになっている。

「あんたの説を丸々鵜呑みにしたわけじゃないけど」 J は煙草の箱をポケットにしまう。
「狭間とやらには明日会う予定になってるから、
今日あんたから聞いたことも、一応ツッコんでみるよ」

「ぜひそうしてくれ。ヤツをつついたら、絶対何か出てくるって」

「どうだか」 アヤシイものだ、と思いながら J はなおざりに返事を返した。

「あ、そうそう」 那音が釘を刺す。
「俺から聞いた、って言うなよ。こっちがビミョーな立場になっちまうから。
一応、俺、ハコムラの社員だしな。内輪ネタを外部にバラまく男って思われたくねえし」

そういう男のクセに、何を良い子ぶろうとしているのか。
呆れた J だが、もはや嫌味を言うのも面倒くさい。

「それから、何か判ったら、ちゃんと俺に知らせてくれよ。
こっちはかなり情報提供したんだからな。ほれ、俺のフォン・ナンバー」

那音が机の上に置いてあった新品の小さなメモ用紙を1枚引きちぎり、
備え付けのペンで数字を書き殴って J に渡す。

「……きったねー字」 受け取った J が紙面に目を走らせる。
「30越えてるオッサンの書く字じゃないな」

「オッサン言うな」 那音がムッとする。「まだ俺は37歳なんだから」

「オッサンじゃん」 と、小馬鹿にしたような表情の J。
「じゃ、そういうことで」

それまでの会話をその一言で断ち切るように言い捨てると、
J はソファから立ち上がって那音に背を向けた。

「待った待った。俺の AZ がないと出らんないから、俺も一緒に出るわ」
慌てて那音も立ち上がる。
「あ、なんだったら、また車で送ってやろうか?」

那音の親切めかした提案に、J は鬼のような形相で、絶対イヤ、と即答した。



-ACT 4- END


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