この男、『あーちゃん』 というのは愛称で、本名はアーサーという。
洋名で、しかもどこから見てもニホン人とはかけ離れた風貌ではあるが、
ニホンに帰化した曾祖父の代からダウンエリアに住み着いている、
いわば由緒正しきダウナーズである。
正体不明の人間が多いダウンエリアの中では、珍しい存在だ。
そのために、ダウンエリアについては、
街の様子から住人達のことまで、かなり詳しく知っている。
それ故に、情報屋としての副業も成り立っているのだ。
仕事柄、この男から情報をもらうことも多い J にとっては、
特に親しい友人の一人でもあった。
賑やかで愛想がよく、明るい性質なので、
年端のいかない子供達からも人気があるのは、先ほどのアリヲの反応からも判る。
新たに登場した客の姿を見て、ワカツはやはり無言で背を向け、厨房で料理を作り始める。
食材を刻む規則正しい音を聞きながら、あーちゃんは隣の J に顔を向けた。
「J、最近、店に来ないじゃーん。ミドリ・ママがブツブツ言ってたよん」
ミドリ・ママというのは、あーちゃんが働いている飲み屋のママである。
夜の徘徊を趣味とする J が寄り付く店のひとつだが、
最近は、あーちゃんの言うとおり余り顔を出していない。
「羽振りが良くなって、他の店に鞍替えしたんじゃないかってさ。
もし、そうだったら、たまってるツケ払わせるって言ってたよぅ。
飲み逃げでもしようものなら、ジゴクの果てまで追っかけるってさ。
あの人、ホンキでやるからね。コワイよぅ」
「羽振りが良かったら、こんなところじゃなくて、違う店でメシ食ってます。
ツケはもう少し待ってください……と、あーちゃんからママに言っといて」
「そりゃそうだなぁ。ここより安上がりな店、他にはないからなぁ」
間接的に店をけなされたワカツが、2人の会話にジロリと一瞥を投げる。
「でも、うーん、そうかあ」
三つ編みの金髪をもてあそびながら、
あーちゃんが少し考えるような表情を浮かべる。
「ここに J がいるってことは……あれは J の客なんだなぁ、たぶん」
「客?」 J が怪訝な顔をした。
「そう」 あーちゃんは少しだけ声のトーンを落とす。
「オレがここに来た時に、いたんだよねん。店の外にアヤシゲなのが2人ほど」
「ウン?」 あーちゃんの言葉を聞いて、J が表情を少し険しくする。
「そいつらさ、ちょっと離れたトコロから、ちらちらワカツの店のこと見てるからさ、
オレ、ついにワカツが高利貸にでも借金して、
今まさに、取り立てに来た連中が店に踏み込もうとしているのかと思ったよん。
でも、違うなぁ。たぶん、J 目当てだねぇ」
「……」
J は振り返らずに、店の外に意識を集中した。
尾けられていた?
そう考えて、J は先ほど路地で感じた視線のことを思い出した。
それでは、あれは気のせいではなかったということか。
路地の虚ろな気配に飲まれて、その時に深く考えなかったのは
いつも慎重な J としては、ちょっとした失態だったかもしれない。
でも、誰が?
何のために?
考え込むような表情を浮かべる J に、あーちゃんが探る目つきを向けた。
「何か思い当たるコト、あんじゃないのぉ? ヤバいスジの仕事を請けてるとかさ。
でなきゃ、借金したのはワカツじゃなくて、J の方だとか」
「ツケはあっても、借金はない」
「それ、借金と同じじゃーん」
「それはいいから」 あーちゃんの言葉をさえぎって、J が尋ねる。
「どんな感じの連中?」 J が尋ねた。
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