麻与香から依頼を受けたのが、2日前。
その翌日、つまり昨日は笥村邸へ赴いて、執事のミヨシから取るに足らない話を聞き、
そして今日、図らずも鳥飼那音に出くわして、
ハコムラの牙城 HBC に足を踏み入れた (というよりは、連れて来られた) のは、
つい数時間前のことである。
時間的にも、行動内容を考えても
尾行などという鬱陶しい反応を仕掛けられるには、タイミングが早すぎるのだ。
穿った考え方をすれば、J がきっちり働いているかどうかを確認するために、
麻与香が送り込んだ監視役、ということも考えられる。
……いや、それはないか。J は考え直した。
あの女なら、陰からこっそり見張るなどという可愛らしい真似はしないだろう。
むしろ、本人が堂々と現れるに決まっている。
J にとって、いろいろな意味でそれが一番プレッシャーになるということを
あの女は知っているのだから。
「なになに」 あーちゃんは J の呟きを聞き逃さない。
「やっぱり心当たりがあるんだぁ。
メンドーなことになってるんだったら、オレ、また手伝ってもいいよん。勿論、商売抜きで」
「んー」
J はしばらく考え込む様子を見せた。
外で待っている連中の正体がヤバいスジか警察か、あるいはそのどちらでもないにしろ、
あーちゃんはともかく、アリヲが一緒にいるのは、あまりよろしくない。
「……じゃ、ちょっとお願いしようかな」
そう言いながら J はゆっくりと腰を上げ、コートのポケットを探ると
自分とアリヲの分の料金をカウンターに置いた。
出来上がったばかりの料理をあーちゃんの目の前に置いたワカツが
相変わらず無言で、しかし素早く視線で勘定を確認する。
「おう、いいよん。何すればいい?」
「あーちゃん、これからミドリ・ママの店に出るんだよね」
「そうだよん」 ハシを割りながら、あーちゃんが答える。
「最近ママの機嫌が悪いからね、今日は早めの出勤で点数稼ごうと思って。
使われる身っていうのも、なかなかタイヘンなんだよん」
「だったら、ちょうどいいや。
あのさ、店に行く前にね、アリヲを家まで送ってやってほしいんだけど。食べた後でいいから」
「J、もう行っちゃうの?」 と、口を挟まずに耳だけは働かせていたらしいアリヲが言う。
「なんか忙しいんだね、今日の J は」
「いろいろあってね」
「でも、ここからだったらボク、一人で帰れるから
あーちゃんに送ってもらわなくても大丈夫だよ」
「ダメ。もう暗いから。それに」 J はちらりと外を窺った。
「なんかヤバいことがあるかもしれないし。念のため」
「ヤバいこと?」
「オバケとか」
「……」
アリヲがムッとした表情で口をつぐむ。
何か言いたげな顔で J を軽く睨んだが、最後には唇を尖らせて小さく頷いた。
J がヤバいかもしれない、と言った時は本当にヤバいコトが起こる確立が高い。
アリヲもそれを知っているので、聞き分ける気になったようだ。
本当にオバケが出没するかどうかは、置いておくとしても。
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