「オレはいいけどさぁ」 あーちゃんは首を曲げて J に顔を向けた。
「J こそ1人で大丈夫なのかよぅ。言ったろ、なんかヤバそうな連中だって」
「向こうはたった2人でしょ。なら問題ないよ」
「まあ、それもそうだけどぉ」
こともなげに言ってのける J の言葉が、
決してハッタリではないことをあーちゃんは身を以って知っている。
それは以前、あーちゃんが J に不埒なちょっかいを出した時に、
3日分の治療費と引き換えに学んだことだ。
身を護ると同時に相手を打ちのめす術に関して言えば、J はあーちゃんの上を行くのだ。
「じゃな、アリヲ」
「んー、J、今度はパスなしでね」
「判ってる」
ポン、とアリヲの頭を叩いて、ワカツの店から出て行こうとする J の目の前に、
「あ、ちょっと待ったぁ、J」 と、あーちゃんが片手を広げて差し出した。
「何さ」
「なんか忘れてるよん」
催促するような細長い指の動き。
その意味を悟って、J が呆れたような声を上げる。
「……金とるの? ショーバイ抜き、ってさっき言ったじゃん」
「アリヲを送るのはタダでやるよん」 あーちゃんはニンマリと笑った。
「でも、外の連中のことを教えた情報代は、また別。
んー、そうだなぁ。ついでにオレの分のメシ代も置いてってよ。安いもんだよん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ワカツの店を出た J は、すぐには歩き出さず、
ポケットから煙草を取り出し、ゆっくりと火をつけた。
すっかり日が落ちた辺りの景色は、建ち並ぶ屋台や出店の灯りで
昼間のどんよりとした曇り空よりも明るく見える。
ざわざわと賑やかしい空気の中、煙草の先端が赤く燃えるのを眺めながら、
J は不自然にならないように注意して、周囲に視線を走らせた。
屋台通りを過ぎる人々の群れ。
それを追う J の視界の隅に、さっと動いた黒い影が映る。
あれか。
ワカツの店先から数歩離れた暗闇に潜む2人の人間。
ちらりと目に入っただけだが、あーちゃんが小馬鹿にして笑っていた通り、
ほぼ黒づくめにサングラス、といういでたちは間違いないようだ。
ありがちと言えばありがち、
しかし男達のセンスに関しては、J もあーちゃんと同意見だった。
不審な人物であることを隠したいのか、誇張したいのか。
好意的、そして同情的に見たとしても、後者にしか J には思えなかった。
通りに沿って歩き始めた J は、殊更に男達の傍らをすり抜けるようにして足を進めた。
バカじゃないの。
通りすがりに、心の中で男達に向けた言葉は、
同時に、自分に対しての自嘲の意味も込められていた。
こんな判りやすい連中に尾けられていたのに、気づかなかったとは。
呆れるよりも、腹が立つ。
多少苛立ちを含んだ足取りでしばらく歩いていた J は、
やがて屋台通りから北へと延びる細い道に入った。
角を曲がる際、気取られない程度に J は背後を盗み見る。
2人とも、しっかり J の後について来ているようだ。
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