無性にケンカを売りたい気分、
あるいは売られたら即、買ってやろうという気分は、いつも突然沸き起こる。
少なくとも、J の場合は。
指一本でスイッチを ON にすれば動き出す電化製品のように。
そして、今の J が、まさにそういう心境だった。
J は、すっくと立ち上がった。
「おい、そこの」
J は空き地の入り口に向かって呼びかける。
返事はない。
「そこの黒いの」
J は言い直した。
やはり、反応はない。
「そこの黒くて時代錯誤なカッコしたサングラスの2人」
かなり具体的な言葉をかけた数秒後、
ジャリ……と土を踏む音がして、ようやく男達が姿を現した。
時代錯誤であることを、本人達も薄々認めているようである。
1人、2人、黒い立ち姿が現れる。
J のいる位置からは、街灯が逆光になって顔が見えないが、
男達の体格がかなり良いことだけはシルエットで判った。
まるでマフィア映画のエキストラみたいだ、と J は思った。
男A、そして男B。
役名さえ与えられずに、映画の中でワンシーンだけ登場して、
あっという間に撃たれて死んでしまう、そんな端役の連中。
そんな J の勝手な想像を知る由もなく、
見るからに慎重さに重点を置いた歩き方で男達は2、3歩近付くと、
J から数メートル離れたところで立ち止まった。
ある程度、訓練されている者の動きではあったが、
張り詰めていながらも、どこかしら隙が見え隠れする相手の様子が
J の目にはかえって滑稽に映る。
姿を見せはしたものの、男A も男B も黙っている。
そして、J も腕組みをして、黙っている男達に目を向けながら、自分も黙っていた。
無言の睨み合いがしばらく続き、
その短い時間の中で、両者は互いに相手を観察するように眺めていた。
「……なに黙ってんのさ?」
沈黙の均衡を最初に破ったのは、J の方だった。
「人の後を尾けるような下品なマネをしておきながら、
バレたらダンマリ通すなんて、ちょっと芸がないんじゃないの。しかも」
J は男達の服装に、視線をさっと走らせる。
「……そんなナリで恥ずかしげもなく街中をウロつくなんて、呆れちゃうね」
苛立ちの中に軽い挑発を込めた J の言葉に、
男A と J が名付けた方が、やや憤ったように身を乗り出した。
しかし、男B がそれを止める。
どうやら、男A の方が少々気が短いらしい。
男B は1歩だけ足を進めた。
男A よりも幾分スマートな体型である。
相変わらず逆光を背にしていたが、
近付いたことで、男の表情は J にも薄っすらと読み取れた。
口元が上がっている。どうやら、笑っているようだ。
何が可笑しいのか、と文句を言おうとした J の気をそぐように、
男B が先に口を開いた。
「……いや、これは失礼、お嬢さん」
思っていたよりもかなり若い声が男B の口から漏れたことよりも、
J の目を丸くさせたのは、その台詞だった。
オジョウサン?
今、この状況においては、一番相応しくない呼びかけである。
オジョウサン、ときたよ、この男。抜け抜けと。
呼ばれ慣れない言葉を向けられた J は、男Bの気安さに眉をしかめながらも、
最後に 『オジョウサン』 などと呼ばれたのは一体何年前のことだったか、と
どうでもよいことを、ふと考えた。
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