「我々は何も、お嬢さんに危険を加えようと思っているわけではありません」
男B は、怪しげな風体とは裏腹に、奇妙なほど冷静で落ち着いた口調でそう言った。
むしろ爽やかさすら感じさせる声のトーンは、
それでも、J の不信感を拭い去るには至らず、却って募らせたようだ。
「密かに後を尾けたのは申し訳なかったが、
我々としては、こんなふうに呼び止められることがなければ、
あくまでもお嬢さんの素性と住まいを調べるだけのつもりでいましたので」
「それは充分に犯罪行為です」 にこりともせず、J が男B に答えた。
「第一、見ず知らずの胡散臭い連中に自分のことを嗅ぎ回られて、
不愉快に思わない人間がいるとでも?」
「それが仕事でして」 悪びれるふうもなく、男B は言ってのけた。
「仕事ねえ」 ハキハキとした受け答えが、尚更 J の癇に障る。
「……じゃあ聞きますけどね、一体、どこのどなた様に頼まれての仕事なの?」
「それはちょっと」
言えるわけないでしょう、と言わんばかりの口調で、男B は、また笑った。
しかし、J としては、笑い事ではない。
「それじゃあ、こちらも素性を明かすことはできません」 無感情に J は答えた。
「そこを何とか」
「何ともなりません」
「やれやれ……困りましたね」
さほど困ってもいない様子で、男B はわざとらしくため息をついてみせた。
どこか芝居がかったように見えるその姿は、
やはり J に、台詞の少ない舞台役者のイメージを植えつける。
「我々としては、知りたいことを教えてもらえれば、それでいいんですがね。
そうすれば、何事もなく、どちらも穏便に家路につける、というものですが」
「穏便にね……まあ、あたしも本来、平和主義者だから、
穏便にコトを済ませるのは決してキライじゃないけれど」
「でしたら」
「でも今は、間の悪いことに」 J は男B の言葉を遮った。
「どこかの誰かさんのヘタクソな尾行のせいで神経がささくれ立っているから、
穏便なんてクソ食らえ、という心境になってるんだ」
「ははあ、ヘタクソでしたか」
男B は、更に困ったように気の抜けた返事をした。
それがまた気に障り、しばし勢いを潜めていた苛立ちが、
再び J の中をじりじりと焦がし始める。
「おい、いい加減にしろ」
突然、J と男B に放っておかれた形の男A が、ぶっきらぼうに口を挟んだ。
相棒よりも多少短気に見えるこの男の心境も、
探り合う2人の会話を耳にする中で、J と同様の心境になっていったようで、
吐き捨てるような言葉の調子がそれを証明していた。
「いつまでのらくらと喋っているんだ」 男A が男B を睨む。
「こんなところで世間話をしているヒマはないんだぞ」
「その言い方だと、こっちがまるでヒマみたいじゃないか」
むっとした J が小声で呟いたが、男A はそれを無視し、今度は J へと向き直った。
「あんたも」 男A の方は、J を 『お嬢さん』 呼ばわりする気はないようだ。
「こちらが下手に出ているからって、調子に乗るなよ」
「……調子に乗る、だとぉ?」
男A が放った一言を耳にした途端。
カチリ……。
J の中で無機質な音が響いた。
J のマイナス感情のスイッチが、「弱」 から 「やや強」 へと切り替わった音である。
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