「確かに C&S の最高管理者は私です。
しかし、ミスター・ユサ。それは名義に過ぎない。実権はほとんどありません。
現在の C&S は、すべて現所長であるアルヴァニー・渡邊の采配で機能していて、
私は、まあ、いわば意見番というところです。
何といいますか……C&S には長期的な研究課題が山積みでしてね。
私が所長を勤めていた頃から引き続き行われている実験も多々残っている。
そういった諸事情があるので、総帥秘書を拝命したからといって、
これで無関係、後は任せた、というわけにはいかないのですよ。
それで、その、兼任という立場をとらざるを得ず……つまりは、そういうことです」
どこか言い訳めいている。
尋ねてもいないことを次々と明かし、その癖、歯切れが悪い。
「ですから、現在の私の職務には何の支障もない。
たとえ C&S の件があろうがなかろうが、私の多忙さは何ら変わるところがないのですよ」
「成程」
またもや凡庸な相槌を諛左は繰り返す。
狭間の言葉に納得している様子を見せつつ、心の中では何かが引っかかっていた。
狭間は何かを隠そうとしている。
諛左は直感した。
多弁によって相手を煙にまく。
狭間をそう評したのは阿南だが、煙にまこうとするのは、相手を惑わせ、目をそらせるためだ。
何から遠ざけようとしているのか。
今日ここを訪れた目的は、聖失踪についての情報を得ることだが、
いまや諛左の意識は、狭間が話し渋っている(ように見える)何かに向けられている。
これでは鳥飼那音の思う壺だ。
諛左は心の中で苦笑する。
あの男が知りたいのは、狭間が関わっているらしい 『極秘事項の研究』 の正体だ。
J に近付き、手を組もうと提案したのも、それを調べさせるためだろう。
聖の件に何ら関係があるとは思えない。
それは昨夜 J とも話したとおりだ。
だが。
しばらく黙考した後、そういえば、と思いついたように諛左が口を開く。
「C&S 現所長のミス・ワタナベと笥村夫人は……
セントラル・カレッジ時代の同窓だそうですね」
本来の目的から一層遠ざかることを承知の上で、諛左は別の話を切り出した。
C&S の話題に対して、明らかに狭間は触れられたくない、という拒否反応を示している。
グラス・ファイバー製の男が見せた、かすかな動揺。
それを隠そうとするからこそ、煙にまく。
その動機が、鳥飼の邪推する 『研究』 にあるかどうかは判らないが、
狭間が敬遠するポイントをさらに掘り下げてやったら、どんな反応を見せるのか。
少々意地の悪い諛左の意図から生まれた質問だったが、
諛左が予想したとおり、狭間の表情はさらに渋いものになる。
「それもミスター・トリガイからお聞きになったので?」
「いえ、これはフウノから」
諛左は嘘をついた。
本当は狭間の言うとおり、昨日鳥飼那音が J に打ち明けた情報の一つである。
鳥飼の名が挙がるたびに、狭間の顔には非好意的な感情が浮かび、態度が硬くなる。
この上、口まで堅くなってもらっては困る。
そう考えての、とっさの嘘である。
そもそも、カレッジ時代の笥村麻与香の交友関係など、J が知るわけがない。
麻与香がどの学部にいたのか、何を専攻していたか、
そんな基本的なことすら、鳥飼からの情報によって昨日初めて知ったくらいなのだ。
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