魔道騎士を望み始めた少年に対して、老人は惜しみなく自らの知識を与えた。
サリナスが15才になったとき、
「来年あたりには、お前も魔道騎士の試問を受けられるかもしれんな」 と老人は言った。
サリナス自身は「まだ早い」と答えたが、サリナスが習得した魔道は少年が自覚している以上のものであることを知っていた老人は、殊更に試問を受けることを勧めた。
老人は少年が一度の試問で魔道騎士の資格を得ることを疑っていなかった。事実、翌年ヴェサニールのマティロウサを訪れたサリナスは老人が予見していた通りの結果を出した。
その後しばらく、サリナスは再び老人の元で学んでいたが、やがて袂を分かち、より高い知識を得るためにヴェサニールに居を構えてマティロウサに師事するようになったのである。
あれから三年も経つのか。
サリナスは、短かったようでもあり、思いのほか長かったような気もする三年間を振り返った。
気難しいマティロウサの元で学ぶのは、なかなか忍耐を必要とし気苦労も少なくはなかったが、得るものは大きかった。また、サフィラという優秀な魔道騎士に出会えたことも幸運に思えた。
いずれにしろ、サリナスにとっては有意義で濃密な期間であった。
しかし、こうして故郷からの便りを目にすると、ヴェサニールで得た充実感とは異なる感情、それは普段サリナスが胸の奥底にしまいこんでいる、懐郷の念とでもいえる想いが少しずつ頭をもたげてくる。
故郷を偲ぶほど年老いているわけではない。
ただ、ヴェサニールで暮らし始めてからサリナスは一度もダレックに戻っていない。そのことが生真面目なサリナスの心の奥につかえ、どこか罪悪感にも似た感情が沸き起こるのだった。
しばらくぼんやりとしていたサリナスは、軽く頭を振って再び手紙に目を通し始めた。
しかし、文面の半ばに差し掛かると急に眉をひそめ、かすかに浮かべていた笑みが表情から消える。
「サーレス……あのバカ」
サリナスは思わず語気を荒くして呟いた。もしもその場にサフィラがいたなら
「珍しいな、サリナス。お前でもそんなふうに人をなじることができるのか」 と軽く驚いただろう。
手紙の中で母は、サリナスの弟サーレスが黙って家を出てもう長い間帰ってこない、と告げていた。
サーレスはサリナスの四歳下の弟である。
サリナスとよく似た容貌を持つ弟だが、性格はといえば穏やかな兄と異なり、気が強く負けず嫌いの性分が勝っていた。
兄が剣を習い始めてからは自分も父に短剣をねだり、魔道騎士の元へ通うようになってからは自ら老人に掛け合って二番目の弟子の座を得た。
このように幼い頃から兄の行動に感化され、兄が残した轍の跡を辿ってきたサーレスだったが、サリナスがヴェサニールへと旅立った後は剣や魔道にも興味を失い、両親が気づく間もないうちに良からぬ仲間と行動を共にするようになり、やがて家に寄り付くことも少なくなった。
そのことは以前母から送られてきた手紙を通じてサリナスも知っていた。
しかし、本当に家出をするとは。
弟の不届きにしばし憤慨しながら、サリナスは同時に両親の心痛を思いやった。
やはり一度ダレックに戻るか。
サリナスはため息をついた。
戻って何ができるわけではないが、父も母もさぞかし途方にくれているに違いない。
しばらく考え込んだ後、サリナスは手紙を最後まで読み終えた。
サフィラがサリナスの家にたどり着いたのは、ちょうどサリナスが棚の小箱に読み終えたばかりの手紙をしまいこんだときのことだった。
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