内陸の小国ダレック。
鉱石の産地として知られ、採掘された鉱石の加工技術においても高い評価を得ている国である。
そしてまた、魔道騎士サリナスの生まれ故郷でもあった。
サリナスの実家は、ダレックに数ある中でも特に腕の良さを認められていた鍛冶屋だった。
祖父の代に培われた評判は、今はそのままサリナスの父が受け継ぎ、自分と妻、そして二人の息子達を食べさせていくには充分な糧を得て日々暮らしていた。
サリナスの父は多くを語らぬ職人気質の男だった。
いつも気難しい顔をして火の前に陣取り、火花をものともせずに槌を振って刃を鍛えている父の姿を、幼いサリナスは怖いと思うと同時に何か特別な存在に思え、大きな金槌は父以外の人間が触れることを許されない神聖な道具のように感じていた。
鍛冶場は子供にとって決して安全な場所ではなかったが、サリナスが父の隣でその作業を見守ったり、周りに置いてある大きなふいごや鉄ばさみを持ち上げようとしたり、壁に立てかけられた剣や槍に恐る恐る触れようとするのを止めようとはしなかった。
ただ、火花が飛び散る鉄床の近くには決して近寄せなかったが。
年の近い友達と一緒に遊ぶとき以外はこのように鍛冶場を遊び場としていたサリナスは、次第に父の槌の振るい方によってどのくらいの厚さの剣ができるのか、どのくらいの火の強さならどんなものが鍛えられるのか、やがては父親が槌を二、三回振り始めただけで、赤く燃えた金属の塊から何を造り出そうとしているのかを自ずと知るようになった。
また、常日頃から父の造る上質な物に囲まれていることにより、剣や刃の良し悪しすら曖昧ではあるが見極められるようにもなった。
「この子はいい跡継ぎになる」
近所の住人達をはじめ、武器を注文に訪れる客や同業者達は、そんなサリナスの様子を目にするといつもそう言うのだった。
父親はその賛辞に対して特に何も答えないが、心のうちでは同様の思いを抱いていた。
だが、余りにも良いものばかりを見過ぎたせいで物足りなくなったのか、それとも年頃ゆえの腕白さからか、あるときからサリナスは剣を鍛えることよりも振るう方により大きな興味を抱き始めた。
サリナスには四歳下のサーレスという弟がいたが、サーレスが物心ついて外を走り回ることができるくらいになると、二人の兄弟は互いに木の枝で仕合の真似事を行うようになった。時には行き過ぎて擦り傷などを作り、母親に小言をもらうこともあった。
本格的に剣を学びたい、と言い出した息子に、父親はしばらく黙っていたが、やがて尋ねた。
「剣を使って何をするつもりだ」
サリナスはしばらく考えた後、わるいやつをやっつける、と子供にはありがちな幼い答えを返した。
さらに父は問う。
「それは、殺すということか」
今度の問いは、サリナスを長い間黙らせた。
ごく平凡な一少年に過ぎないサリナスの日常の中で、「殺す」「殺される」 という言葉ほど実感を伴わないものはなかった。
うつむいたままのサリナスに、父親はそれ以上何も言わず、その日の会話は終わった。
翌日、朝食を終えたばかりのサリナスのところへ父親がやってきて、一本の短剣を渡した。
「まあ、守るための武器もあるさ」
それは子供に使える寸法に造られてはいるが、見る者が見れば剣身のこしらえといい、柄の装飾といい、大の大人が手にしても遜色ないものであった。
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