サリナスは、街の住人であれば誰もが自由に剣術を学べる修練所に通うようになった。
本人の熱心さと、元来才能の芽があったことも手伝って、数年経った頃にはサリナスの腕前は修練所の少年達の中でも一、二を争うまでに上達した。その頃には短剣ではなく一般的な長剣も扱えるようになり、父親は息子のために何度か剣を打ってやった。
そして、弟のサーレスまでもが兄と同じような短剣を父にねだり始めた頃には、父親の顔には半分諦めたような表情が浮かぶようになった。
サリナスが13歳になった頃のこと。
いつものようにサリナスは修練所で友人相手に剣を交わし、その隣ではサーレスが見よう見真似で兄と同じ動きを辿っていた。
一人の老人が修練所に姿を現わした。
老人は古びたマントを羽織り、髪や髭こそは白く枯れていたが堂々とした体格を持ち、マントの合わせ目から使い込まれた剣の柄が見え隠れしていた。
修練所の長は、最初のうちは老人を胡散臭い目つきで見ていたが、老人の胸元にある紫貝に気づいた途端、目を見張り、急いで老人に近寄った。
二人は二言、三言言葉を交わしていたが、やがて長は子供たちを振り返ると、幾分興奮した声でその日の修練を打ち切りにした。
「なあ、あのじいさん、魔道騎士だぜ」 友人の一人がサリナスをつついて耳打ちした。
「すごいな。俺、初めて本物の紫貝を見たよ」
しかし、剣術以外には興味がなかったサリナスは、魔道騎士の来訪に対して友人のような感慨は何も持てず、逆に老人のせいで修練が中止になったことに不満さえ覚えた。
「あんな年寄りじゃ」 サリナスは口を尖らせた。「うまく剣を扱えるもんか」
弟のサーレスが、魔道騎士って何、と兄に問うたが、サーレスはそれを無視した。
老人はダレックに滞在することになり、その後も何度か修練所に姿を現わすようになった。
時には少年たちと剣を交えることもあった。
老いているとはいえ老人の剣技は鋭く、それを見たサリナスはすぐに自分の子供じみた偏見を反省し、好んで老人の相手を申し出るようになった。
実際、老人に太刀打ちできるのは同じ年頃の少年達の中ではサリナスだけだった。
それでも十回のうち一回ですら勝てたことはなかったが。
サリナスの腕前には老人も興味を抱いたようだった。
教え、教えられる間柄となってからしばらく経ったあるとき、老人はサリナスに尋ねた。
「魔道騎士になりたいとは思わんか?」
サリナスはきっぱり、ない、と答え、老人は残念そうな表情を浮かべながらも、ふむ、と言ったきりで、それ以上には話を掘り下げようとしなかった。
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