例の噴水空き地で陰からタカギを撃ったのは、阿南である。
J が尋ねたら、口には出さず、目をそらすことで阿南は肯定した。
J にとっては命拾いしたのは確かだが、その理由はいまだ判らない。
「助けてもらってありがとう、と言いたいところだけど……」 疑念を含んだ J の言葉。
「アンタを胡散臭いと思ってるのは、NO だけじゃないからね」
そもそも、何故この男が、タイミングよくあんな場所にいたのか。
たまたま行き会ったとは考えにくい。
どう見ても阿南はセンターエリアの住人、いわゆるセンタリアンである。
滲み出るダークな空気感は置いておくとしても、身に付けているものから判断すれば
そう言わざるを得ない。
しかも、今をときめくハコムラの護衛役となっている男。
これ以上ないほどダウンエリアには場違いな存在だ。
そう問われて、薄暗がりの中で阿南は少し困ったような表情を浮かべた。
話したものかどうか、自分自身迷っているようである。
だが、J の視線の中に 「どうあっても聞きたい」 という類の光がちらついているのを見て、
小さくため息をつくと、口を開く。
「笥村夫人の命令でな」
「……ハコムラ夫人? 麻与香の?」
予想外の阿南の言葉が J を驚かせる。
まさか、この場で笥村麻与香の名前が出てくるとは思っていなかった。
「な、なんで麻与香が」
「知るか」
吐き捨てるような阿南の返事には、
自分自身ですら納得していないことを露わにした響きが含まれている。
一昨日の夜、阿南はいきなり笥村麻与香に呼び出された。
普段から使用人達の間では、相当な気まぐれとして通っている笥村の総帥夫人の、
今度はどんな我儘を言い渡されるのか。
内心ウンザリしながら、阿南は麻与香の元に赴いた。
『今日、フウノが訪ねてきたでしょ』
何の前置きもなく、麻与香が阿南に尋ねる。
『……ああ、カレッジ時代の御学友とかいう黒髪の』
思い出すような仕草で答えた阿南だったが、決して忘れていたわけではない。
むしろ、フウノ、つまり J との邂逅は阿南にとってかなり印象的なものであったし、
J と目が合った時の強烈な感情は、時間が経った今でも阿南を不安にさせるほど
根強く心の内に残っている。
だが、それを悟られぬように、阿南は努めて平静を装った。
『あの方が、何か』
『明日から、あの子のガードをしてほしいのよ』
唐突な麻与香の言葉が、阿南の眉をひそめさせる。
『……ガード、と言いますと?』
『ガードはガードよ』 麻与香が馬鹿にしたように笑う。『言葉の意味を聞いてるの?』
その笑みが、阿南には腹立たしい。
しかし、やはり顔には出さない。
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