『自分の仕事は、ハコムラ・コンツェルン総帥・笥村聖氏およびその御家族の警護であり、
それ以外の契約は交わしておりません』
と、一応の抵抗を試みてみる阿南だが、その正論が通る相手でないことは判っている。
元より、期待はしていない。
『その御家族がそうしろって言ってるのよ。契約範囲内だわ』
『理由は何でしょうか。その、ミス・フウノを警護しなければならない理由は』
『あたしがそうして欲しいから』
『それだけでは理由になりません』
雇い主に対して、というには少しばかりぶっきらぼうな阿南の態度を
麻与香は気に障ったようでもない。むしろ、面白がっている。
その様子がさらに阿南を苛立たせる。
『図体がデカい割りに、きっちりしてんのね。まあいいわ。
いいこと? この先、遅かれ早かれ、あの子はたぶん危険な目に遭うことになるの』
『危険な目?』
『そう。だから、目立たない程度に張り付いて、あの子をガードして欲しいって言ってるの。
あなた、刑事ドラマって見たことある?』
突然話題が変わり、阿南が戸惑う。
『は?』
『ドラマよ。ムービーでもいいわ。犯罪物。
そこに出てくる刑事が、犯罪者や被害者を張り込むシーン、よくあるでしょ。
ああいうことよ。フウノが危ないコトに巻き込まれないように、見張ってほしいのよ』
『……何故です』
『聞いてなかったの? 理由は今、言ったでしょ』
『そうではなくて、何故、ミス・フウノが危険な目に遭うからといって、
ハコムラの総帥夫人たるあなたが気にかけなくてはならないのです?
そもそも、ミス・フウノが危険だ、という根拠が不明です』
『ホントにこまかい男ね』
麻与香は少し呆れたような表情を見せる。
自分の言葉が足らないとは思っていないようだ。
阿南は一呼吸置いて続けた。
『ミス・フウノというのは、何者です? あなたとどういう関わりが?』
『さっき言ったじゃない、カレッジ時代の御学友だって』
『それだけですか?』 探るような阿南の言葉。
『それだけよ』
相変わらず揶揄うような麻与香の薄笑いが、阿南の鼻につく。
たかが昔の友人のために、この女の気まぐれで自分は駆り出されるのか?
笥村麻与香という人間は、いつもこの調子だ。
説明を求めても、まともな答えが返ってくることは、まずない。
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