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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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『白の貴人』 が一体どういう女性なのか、白妖精は知らなかった。
しかし、アミ自身でさえ、その女性と言葉を交わしたことも、いや、会ったことすらない。
何しろ、二人がこの世に生を受けるより、さらにはるかな昔の伝説の主なのだから。

だが、アミの心の中にはいつもその 『白の貴人』 の存在が、少なからぬ場を占めていたのだ。
古の詩にのみ姿を現わす、美しき女騎士の存在が。

「運命ゆえに」

いつの日のことであったか、谷にいる古株の魔法使いの一人である老シヴィが、ふと漏らした言葉を白妖精は思い出した。

「運命ゆえに、アミは伝説を見届けねばならぬ。『白の貴人』 はそのための 『しるべ』……」

そして、今、老いた魔法使いが黒の魔法使いに伝えた言葉。

『時、満てり』。

『時』 とは一体何なのだろう。一体、何が始まろうとしているのか。
光の太古から生を受けている白妖精にも想像できないことはあるのだ。
『白の貴人』 と、黒の魔法使い。
この両者の間に、どんな運命の糸が張られているというのだろう。

アリファヴィアンはアミの腕にしがみつきながらアミに倣って空を見上げた。
いやな風だ。激しくて、どこか禍々しい。
そう感じるのは、白妖精の心の中に漠然とひそむ『時』への不安のせいかもしれない。

アミは口をつぐんだまま、再び竪琴を静かにかき鳴らし始めた。
白妖精はあえて邪魔しようとはせず、魔法使いの奏でる不思議な音色に聞き入った。

竪琴の音色で、空気が穏やかに変わっていくのが肌で感じられる。
風は勢いを弱めて優しく凪ぎ始めた。

アミの奏でる音色には、大気すら澄ます力があるようだ。
それとも、気まぐれな風の精が、その旋律に心を奪われたのか。
いつしか和やかな陽射しが木々に、花に、草々に、惜しみなく注がれ始め、すぐ側をそろそろと流れる清水が、光を映して金色に輝いていた。

晴れやかな景色の中で、しかし竪琴をあやつるアミの瞳は遠い。
雲の奥から顔を出した柔らかな青い空に目を向けてはいるが、見てはいない。
心の中で、はるか遠き日々の幻影を追っている。

白の貴人。
白の乙女。
美しき白き乙女。

アミが、否、アミの魂が焦がれてなお止まぬ、乙女の騎士。
詩の中で、幻の中でしか会うことが叶わぬ、古の夢。

「……詩を」

白妖精は、アミを美しい幻想から覚まさぬようにそっと囁いた。

「詩を歌っておくれ、黒の魔法使いよ。古の名残りの勇士達の詩を。あの美しき七と一人の勇士達、我らの祖先の妖精の血を継いだ勇士達の詩を歌っておくれ、魔法使いよ……」

かすかな声に誘われるように、アミはしばらくの間、細い指で黙って弦を爪弾いていたが、そのうちに、例の風が通り抜けるような涼しい声で、一つの詩を歌い始めた。

   勇士ありき
   その上
   七と一人の勇士ありき
   かの魔道の者ナ・ジラーグと戦いし勇士ありき

   一人 その者ヒルドマイド
   金色に輝く気高き王
   一人 その者マクィアリナ
   虹の瞳を帯びし乙女
   一人 その者リルドヴァート
   薄墨色の衣を纏う悲しき戦士
   一人 その者ヴェナリアヌス
   美しき銀色の風の騎士
   一人 その者アヴィリーン
   燃えたつ髪の紅の乙女
   一人 その者ミストライト
   夜の帳をその双眸に持つ騎士

不意に、アミは言葉を切る。弦の音色も止む。
何も言わずに、白妖精は魔法使いの黒い瞳をじっと覗き込んだ。
その視線に促されるように、歌声は再び流れ出した。幾分、哀しげに。

   一人 その者セオフィラス
   春の陽射しにも似た白の貴人

   そして
   今一人 その者エリザナス
   黒き歌人


「……途中だが」

魔法使いは竪琴から指を離して眉をひそめた。

「館へ戻ったほうがよい。さきほどの風が舞い戻ってきたようだ。この分だともっと激しく吹き荒れるだろう。風の精がさっきのお前の悪態を耳にでもしたかな」

アミの言葉通り、再び太陽は空から隠れ、辺りの空気が冷え始めていた。
アリファヴィアンは急いでアミの肩に掴まる。
一度は凪いだ風が少しずつ強さを増し、木の枝が悲鳴を上げて木の葉を撒き散らし始めた。

いやな風。
魔法使い達の半生の住み場であるこの谷で、このような悪風が吹き荒れるとは。
まるで世の中のすべての不安をかきたてるような。白妖精はぞくりと身を震わせた。
野の妖精達の悲鳴が四方から絶え間なく聞こえてくる。
色とりどりの花が吹き荒らされてしまったのだろう。
今宵は今までになく激しい嵐になりそうだ。

館へと歩み続ける黒の魔法使いの肩に掴まりながら、
白妖精は、今はもう鉛の塊のような雲にしっかりと覆われてしまった空を睨んだ。


時、満てり。
伝説は、今、目を覚まそうとしている。


(序章・完)


          → 第一章・ヴェサニールの魔道騎士 1 へ

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