クェイドが震える手で受け取る前に、王が横から手紙を引っ手繰った。
結んである鮮やかな細布を忙しなく解き、王は手紙を広げた。横から、青ざめた后の顔が手紙の文面を覗き込む。周囲の者達も、半分は不安げな、そしてもう半分はどこかしら好奇心にくすぐられたような表情を浮かべて見守っている。
そこに記されていた華奢な字は、両親ともども見間違えようがない娘の手によるものであった。
父上
母上
かくも唐突で許しがたい手紙を残し、御二方の御心を乱さんとする娘をお許しください。
私サフィラは、このたび思うところ有りまして
生まれ育った故郷ヴェサニールをしばし離れ、旅に出ることを決心いたしました。
この手紙を読まれる頃には既に
遠く離れた他国の空の下を行く身となっていることでしょう。
決して、御二方や城の皆に不満があったわけではありません。
まあ、あえて申し上げるならば、本人の意志を無視して
いきなり有無を言わせず「結婚」を押し付けなさったことぐらいでしょうか。
いえいえ、それもまた王家に生まれた者の務め。
そのようなことを恨みに思っては
このヴェサニールに眠る代々の父祖から、不徳者との誹りを免れないことでしょう。
御二方には、私のような王女らしからぬ不肖の娘をここまで育てていただいたこと、
また、暖かく見守ってくださったことに対しては、実に感謝しつくせない思いがあり
その温情に泥をかけるような此度の私の振る舞いには
申し訳なさで胸中が張り裂けんばかりです。
……ですが、このまま城に留まって意に染まぬ婚礼の儀を受け入れてしまったならば
父上が憂慮されておられたように、私の短慮さゆえに
意に染まぬ夫の傍らで
いつ何時、先祖代々から受け継がれたヴェサニールの城を
破壊せんとする衝動に駆られるか、それだけが我が事ながら気がかりです。
それを案じつつ鬱々とした日々を送り過ごすことは私も望みませんし、
御二方も同じ思いであると存じます。
永遠にヴェサニールに戻らない訳ではありません。
しばし他国で見聞を広め、
さらに王家の人間としての義務と責任を果たす覚悟がつきましたなら
必ず故国に戻ることをお約束いたします。
御二人の意志に背き、このような紙切れ一枚で姿を消す私に、
さぞやお怒りのことと存じます。
そのお怒りは、いずれ私が戻って参りました折に、まとめてお聞きいたしますので
今はただ、娘の勝手きわまる我儘をお許しいただきたくお願い申し上げます。
一生懸命に結婚式の準備をしていただいた全ての方々へもお詫びいたします。
式当日ではなく前日に城を出たのは、
せめてもの私の良心ゆえ、と思し召しいただければ幸いです。
道中の安否につきましては、御心配無用にございます。
いずれ旅馴れた者と同行する予定ですので。
気が向いたら、手紙などを差し上げる余裕もあるでしょう。
では、しばしのお別れを。
御二方の娘 サフィラ・アーロン・ヴェサニリア
読み終えた 『御二方』 は顔を見合わせ、一瞬言葉を失って愕然とした表情を浮かべた。
后は脱力したように玉座に座り込み、王はといえば、激昂のあまりに顔を赤らめながら、しばらく口をぱくぱくさせていたが、ようやく苦労して言葉を絞り出した。
「サ、サ、サフィラ、やりおったな、あの大馬鹿者っ!」
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