「それで? その後は?」
J は先を促した。
「その後? その後は勿論バタバタよ。どうやら本当に行方知れずらしいって分かったから。
大変だったわよ。聖を探すと同時に、見つかるまでの対応も考えなきゃいけないし、
替え玉まで用意して。でも、あまり騒ぎ過ぎても世間の目を引くし。
水面下での大騒ぎ、ってところね」
さすがの麻与香もその当時は、今 J が目にしている涼しげな美貌を曇らせて、
愛してやまない夫のことで気を揉んでいたのだろうか。慌てふためいていたのだろうか。
J にはそんな麻与香の姿が想像できなかったが。
「それで、さっきもアンタに言った通り、聖を探すあらゆる手段を尽くしたつもりなんだけど……」
「見つからない、と」
「そう。で……」
「あたしのところに来た、と」
「そういうこと」
「……やっぱり、降りていい? この依頼」
「ダメ」
麻与香は悪戯を企てている子供のような表情を浮かべて J を見た。
「アンタに受けてもらいたい、って言ったでしょ」
「……」
メンドくさい。J の心の中では、正直な感想が渦巻いていた。
散々手を尽くした後に頼られても、どんな成果が挙げられるのか。
いや、それよりも、これだけ日数が経っているのに、失踪の手掛かりなど見つかるものだろうか。
第一、夫が消えた麻与香に対して、J は何の同情も沸き上がらなかった。
いつのことだったか、ダウンエリアの知人が青ざめた顔で、
いなくなった愛犬を探してくれと訴えてきた時は、よほど何とかしてやりたい、と思った J だったが、
今、目の前にいる女の表情は、慌てるでもなく、嘆くでもなく、平然と構えすぎて
どうしても J の反感を誘わずにはいられなかった。
胸中の投げやりな気分を口にこそ出さなかったが、表情にはありありと浮かべながら、
それでも J はさらに幾つか質問を投げかけた。
「うまく答えられるかどうか分からないけど」
そう言いながらも、麻与香はほとんんどの問いに素直に答えた。
時折脱線して、カレッジ時代の話に舞い戻ることもあったが、
J は忍耐を持ってそれを聞き流した。
尋ねるべきことをすべて確認し、
その中に手掛かりになりそうな事実が見当たらないことに落胆しつつ、J は質問を終えた。
麻与香が腹の内をすべてさらけ出しているとは思えなかったが、
今のところは、ここまででいいだろう。
聞き出した内容はともかく、麻与香と対面している時間を考えるなら、もう充分だ。
J は早速、美貌の疫病神を追い払いにかかった。
「とりあえず、今日はここまでだ。受けるかどうかは、また後で連絡するから」
「だから、アンタは絶対受けるわよ」
「……お引取りを」
「そうね。じゃあ、もう行くわ。連絡先はここにね」
麻与香は名刺を1枚机に置いてシガレット・ケースを仕舞い込むと、優雅な動作で立ち上がった。
オフィスを訪れた時と同じ歩調でドアへと向かう。
「こんな時でも会えて楽しかったわ。こんなことでもないと会えなかったでしょうけど」
どんなことがあっても会いたくなかった、と J は思う。
楽しかったと思ってるのは確実に麻与香だけである。
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