キャンパス内を颯爽と歩いていた麻与香の姿は今でも J の脳裏に焼き付いている。
特異な存在だった。
男の目を引くには充分すぎるほどの美貌を持つ女。
しかし、彼女自身は特定の相手を作ることもなく、取り巻きに囲まれるに任せていた。
女王様気取りだ、まるで。
ちやほやされて舞い上がっているだけの女。つまらない。
遠巻きに麻与香の姿を見る度に J は思ったものだ。
J は他人と一緒にいることが苦手で、単独行動を取ることが多かった。
それ故に麻与香の女王ぶりは、いっそう胡散臭く思えた。
ある時、J はさざめきながら構内を歩く麻与香の集団とすれ違った。
そのために、いつもより近くで彼女を観察する機会に恵まれた。
J 自身は特にその気もなく通り過ぎ、何気なく目を麻与香に向けた。
J はふと気が付いた。
まわりに群がる連中の浮かれた表情とは対称的に、麻与香の目は冷ややかだった。
長い睫に隠れた瞳に、疎ましげな色が浮かんでいるのが見えた。
その瞬間、麻与香も J を見た。
2人の目が合った。
麻与香は J を見つめた。
長い時間が経ったような気がした。
そして次の瞬間、麻与香は J に向かって婉然と微笑みかけたのだ。
麻与香の笑顔は、J の歩みを凍りつかせた。
鳥肌が立った。
何故かは分からない。
だが、本能的に、そして瞬時に J は悟った。
まるでクモのようだ。この麻与香という女。
その目だけで、蝶を絡めとるように人を捕まえる。
たった今、自分自身の足を竦ませたように。
J は視線を無理矢理麻与香から引き剥がし、足早にその場を去った。
背後に麻与香の目が突き刺さっているのが痛いほど感じられた。
あの女には極力近寄らないようにしようと、J は思った。
近付けば近付くほど、目に見えないクモの糸で身動きが取れなくなりそうな気がした。
しかし、J の決心はいともたやすく裏切られた。
翌日、J に言葉をかけてきたのは、麻与香の方だった。
「ねえ、フウノ」
麻与香は J に呼びかけた。
その翌日も、そしてその翌日も。
視線が合ったあの日を境に、麻与香は日を置かずに J に話しかけてくるようになったのだ。
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