「ところで」
J は質問を変えた。
「笥村氏に一番近しい人間というと、どなたが挙げられます?
勿論、ご家族以外で」
「奥様以外には……そうですね、狭間様でしょうか」
「ハザマ……ああ」
首席秘書とかいうエラそうな肩書きの男か。
事務所で麻与香から話を聞いた時に、
そのような名前が挙がっていたことを J は思い出す。
「旦那様の送り迎えは必ず狭間様が同行されておりました」
「家を出る時も、家に戻る時も?」
「はい」
「『当日』 はどうだったんです?」
「あの日の朝はいつも通り挟間様が迎えに来られました。
特に変わった様子はなかったと思います。
夜になって挟間様から突然、
『総帥の悪い癖が、また出た』 とお電話がありまして」
「誰にも言わずにフラつく癖ですね」
「そうでございます。旦那様の外出癖は狭間様もご存知のことでしたので、
その時は挟間様も私共も、正直 『またか』 と……」
ミヨシが嘆息混じりで俯く。
己の主人の悪癖を軽んじていたわけではないだろうが、
危機管理の意識が足りなかったことで自らを責めているのだろう。
しかし、それを言うなら、狭間も同罪だろう。
主席秘書の彼ですら、
笥村総帥の気ままな性分をコントロールすることはできなかったのだから。
そして、ミヨシや狭間も含めて誰もが
『またか』 と思ってため息をついた夜が明ける頃。
いつものように聖の部屋を訪れたミヨシは
そこに人の気配がないことに気づいた。
胸騒ぎを覚えたミヨシは麻与香を起こし、狭間に連絡し、
ミヨシ本人が先程口にした 『バタバタ』 せざるを得ない状況に
追い込まれてしまった、という訳である。
「その時の麻与香……じゃなくて笥村夫人や狭間氏の様子は、どうでした?」
「それはもう、お2人ともかなり動揺なさっておられました。
特に奥様は、とても見ていられないようなご様子で……」
それは絶対嘘でしょう、いや嘘に決まってる、と
思わず反論したくなった J だが、辛うじて堪えた。
麻与香の言動全てを悪意という色眼鏡で見てしまう J にとって、
ミヨシが今言った言葉はいささかの信憑性ももたらさない。
「挟間様は、その後も毎日のように訪ねておいでです。
会社のことなどを奥様とご相談されている様子で」
「夫人も経営に関わっているんですか?」
「さあ……その辺りは私も詳しくは分からないので、お答えできないのですが。
ああ、そういえば時々、旦那様の、その、代わりの方も……」
「ああ、替え玉とやらですね」
「はい。その方も交えてお話されていました」
なるほど。
他人を笥村聖本人らしく見せるためには、
妻である麻与香の協力も必要なのだろう。
元々メディアに登場するシーンが極端に少ない男であったとはいえ、
この先、誰とも接することなく人生を全うするのは、まず不可能だ。
万が一の場合を想定して、
まことしやかな 『笥村聖』 たるべく、世間を騙す芝居のレッスンでもしていたのか。
無駄とは言わないが、ご苦労なことだ。
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