「話の続きって……えーっと、ニホニーズ・フードの話?
俺はどっちかってえと、洋食の方が好きなんだけど……」
「違うよ、バカ。麻与香からどーしたこーした、っていう話だよ!」
「ああ、そっちね」
相変わらず那音の顔には、にやけた笑みが貼り付いている。
その表情からは意図が読めない。
総帥の行方不明という事実について、果たしてこの男がどこまで知っているのか。
こう見えても、那音はハコムラ・コンツェルンの株主の一人らしい。
諛左がそう言っていた。
役員リストにも名を連ねている (当然、親ならぬ麻与香の七光り、に違いない)。
とはいっても、閑職に近いポジションに据えられているだけかもしれないが。
一企業の重役としては言うまでもなく役不足な人柄だ。
それは誰の目にも明らかだろう。
軽薄で適当、そんな性格が服を着て歩いているような男なのだから。
さらに、何を考えているのか分からない胡乱さが、この男にはある。
たとえ総帥夫人の叔父、という肩書きがあったとしても、
百戦錬磨のコンツェルン役員達に重きを置かれているとは、J には思えない。
J は少しだけ慎重になることにした。
『慎重すぎるのは、アンタの悪いクセよ』
麻与香のバカにしたような声が頭をよぎったが、J はそれを無視する。
「それで?」 腕組みをして相手を威圧するように J は低い声で尋ねた。
「何を知ってるって?」
「だからさ、麻与香があんたのオフィスを訪ねたコトとか、その用向きとか、ね。
アレだろ、ほら、笥村聖。俺の義理の甥っ子の消息について……ってヤツ」
那音は J の探るような視線も全くお構いなしで喋り始める。
「別に隠さなくったっていいぜ。俺、結構何でも知ってるんだから」
「……」
那音の言葉に、J は答えずただ黙っている。
迂闊に相槌は打てない。
疑わしきは全てを疑え。
今の場合、鳥飼那音の言動は全て疑わしい。
しかし那音は、疑惑をはらんだ Jの沈黙を勝手に解釈したようだった。
「あー、いいの、いいの、フウノは何も言わなくても。
どうせ他言無用って言われてんだろ? 今時ヒミツなんて流行んねえのになあ」
他言無用?
そう言われて初めて、麻与香が夫の失踪について口止めしなかったことに J は気付いた。
勿論、話が話なだけに他人に話すつもりなどないが、
那音の言う通り、一言あっても不思議ではない。
あの女は、J が誰にも喋らないということを見透かしているのだ。
どこまでも面白くない女だ、と J は思う。
「じゃあ、ついでに聞くけど」 J は胡散臭いものを見るような目を那音に向けた。
「そのこと、『誰』 に聞いたのさ?」
「ん? 麻与香だけど?」 当然だ、と言わんばかりの口振りで那音が答える。
「それが何か?」
「やっぱりね。じゃあ、あんたをココに寄こしたのも、あの女の差し金だな。」
J は不愉快さを眉間に寄せて軽く那音を睨む。
しかし、那音は慌てて J の言葉を否定した。
「それは違う違う。ここに来たのは、俺の意志。麻与香は関係ないぜ」
「? 何のために」
「んー。実はフウノに……ちょっと相談があってさ」
「相談?」
「そ。麻与香にはナイショで」
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