「何で麻与香が?」
不審と若干の好奇がない交ぜになった心境で、J は尋ねた。
「そのアルヴァニーって女と、知り合いか何かだったの?」
「知り合いも知り合い、なんとカレッジの同窓生で、同じ研究室の出身だ」
「……セントラル・カレッジの?」
「そう」 那音は大きく頷き、J の顔を見て思い出したように付け加えた。
「ああ、そういえば、フウノも同じカレッジだったよな。
アルヴァニーのことは……まあ、知ってるわけないか。学部が違うし」
J は軽く顔をしかめる。
カレッジの話題は、大抵の場合において
あまり愉快でない記憶を J に思い出させるのだ。
しかし、そんな J に追い討ちをかけるように那音が尋ねてくる。
「アルヴァニーと麻与香は理数系だが、フウノは人文系だったもんな。
確か、比較文化人類学だっけ?」 那音は J の顔を見直した。
「麻与香もそうだけど、あんたも相当優秀な頭の出来だったみたいだな。
卒業間際まで担当教官が大学に残るよう勧めてたんだって?」
「何でそんな細かいことまで知ってるんだ」 J は不機嫌そうだ。
「麻与香から散々聞かされたんだよ、あんたのことを。
それに、俺、わりと記憶力はいい方なんでね」
「……」
また、麻与香か。
更に面白くなさげな表情を浮かべて、J は乱暴に煙草をもみ消す。
殊更に経歴を隠すつもりなどない J ではあるが、
嫌いなタイプの人間が、必要以上に昔の自分を知っているのは気に入らなかった。
特に自分が忘れたいと思っている記憶、つまり、麻与香との関わりであるが、
それを那音が訳知り顔で話すのを見ていると、それだけで J は気が滅入るのである。
「あたしの話は今は関係ありまセン」 少し強い口調で J が言う。
「アルヴァニーとやらの話を聞かせなさい」
「あー、判った判った」 那音は両手を挙げて J を制した。
「じゃあ、手短に話そう。
麻与香は入学早々、一般教養課程をすっ飛ばして専門の研究室に入った。
そこで院生のアルヴァニーと出会った、ってわけさ。
2人は結構気が合っていたみたいで、
互いの研究内容についてしょっちゅう意見を交し合っていたらしい」
アルヴァニーは当時24歳。麻与香は17歳。
7歳の年の差を超えて、対等に議論できる関係にあった2人は、
ある時期から共同でひとつのテーマについて考究するようになったという。
「それが何なのかまでは、麻与香は詳しく教えてくれなかったがね」 と、那音。
「まあ、俺なんかが聞いてもさっぱり判らないだろうし。
何でも、再生医療に関する研究だとかなんとか言ってたな」
「再生医療?」
「そう」 那音が頷く。
「最近よく聞くじゃん。細胞を取り出して、培養して新たに臓器を作って
悪くなった臓器と取っ替えるってやつ。
元々このテーマはアルヴァニーが研究していた分野なんだよ。
彼女の専門が細胞工学だから」
「麻与香は違うの?」
「あいつの専門は脳神経学。どっちもバイオテクノロジーの分野だけどな」
「……あいつ、カレッジでそんなお勉強してたのか」
「フウノ、知らなかったのかよ。あんなに麻与香と仲良しサンだったのに」
「仲良くないっ」
早口で否定した J が軽く那音を睨む。
カレッジ時代の麻与香との関係は、
自分にとっては全くもって不本意なものなのだ、と声を大にして言いたい J である。
当時は麻与香が自分勝手に J に付き纏っていただけであり、
J 自身は、麻与香に関する一切の情報、たとえば、
どこのハイ・スクールからスキップしてきたのか、
どんな家族構成なのか、
カレッジで何を学んでいるのか、
休日はどうやって過ごしているのか、
好きな食べ物は何なのか、
好きな色は何なのか、
どんな子供時代を送ってきたのか……
等々については、麻与香から一方的に教えられる以外のことを
自発的に知りたいと思ったことは一度もないのだから。
→ ACT 4-28 へ
不審と若干の好奇がない交ぜになった心境で、J は尋ねた。
「そのアルヴァニーって女と、知り合いか何かだったの?」
「知り合いも知り合い、なんとカレッジの同窓生で、同じ研究室の出身だ」
「……セントラル・カレッジの?」
「そう」 那音は大きく頷き、J の顔を見て思い出したように付け加えた。
「ああ、そういえば、フウノも同じカレッジだったよな。
アルヴァニーのことは……まあ、知ってるわけないか。学部が違うし」
J は軽く顔をしかめる。
カレッジの話題は、大抵の場合において
あまり愉快でない記憶を J に思い出させるのだ。
しかし、そんな J に追い討ちをかけるように那音が尋ねてくる。
「アルヴァニーと麻与香は理数系だが、フウノは人文系だったもんな。
確か、比較文化人類学だっけ?」 那音は J の顔を見直した。
「麻与香もそうだけど、あんたも相当優秀な頭の出来だったみたいだな。
卒業間際まで担当教官が大学に残るよう勧めてたんだって?」
「何でそんな細かいことまで知ってるんだ」 J は不機嫌そうだ。
「麻与香から散々聞かされたんだよ、あんたのことを。
それに、俺、わりと記憶力はいい方なんでね」
「……」
また、麻与香か。
更に面白くなさげな表情を浮かべて、J は乱暴に煙草をもみ消す。
殊更に経歴を隠すつもりなどない J ではあるが、
嫌いなタイプの人間が、必要以上に昔の自分を知っているのは気に入らなかった。
特に自分が忘れたいと思っている記憶、つまり、麻与香との関わりであるが、
それを那音が訳知り顔で話すのを見ていると、それだけで J は気が滅入るのである。
「あたしの話は今は関係ありまセン」 少し強い口調で J が言う。
「アルヴァニーとやらの話を聞かせなさい」
「あー、判った判った」 那音は両手を挙げて J を制した。
「じゃあ、手短に話そう。
麻与香は入学早々、一般教養課程をすっ飛ばして専門の研究室に入った。
そこで院生のアルヴァニーと出会った、ってわけさ。
2人は結構気が合っていたみたいで、
互いの研究内容についてしょっちゅう意見を交し合っていたらしい」
アルヴァニーは当時24歳。麻与香は17歳。
7歳の年の差を超えて、対等に議論できる関係にあった2人は、
ある時期から共同でひとつのテーマについて考究するようになったという。
「それが何なのかまでは、麻与香は詳しく教えてくれなかったがね」 と、那音。
「まあ、俺なんかが聞いてもさっぱり判らないだろうし。
何でも、再生医療に関する研究だとかなんとか言ってたな」
「再生医療?」
「そう」 那音が頷く。
「最近よく聞くじゃん。細胞を取り出して、培養して新たに臓器を作って
悪くなった臓器と取っ替えるってやつ。
元々このテーマはアルヴァニーが研究していた分野なんだよ。
彼女の専門が細胞工学だから」
「麻与香は違うの?」
「あいつの専門は脳神経学。どっちもバイオテクノロジーの分野だけどな」
「……あいつ、カレッジでそんなお勉強してたのか」
「フウノ、知らなかったのかよ。あんなに麻与香と仲良しサンだったのに」
「仲良くないっ」
早口で否定した J が軽く那音を睨む。
カレッジ時代の麻与香との関係は、
自分にとっては全くもって不本意なものなのだ、と声を大にして言いたい J である。
当時は麻与香が自分勝手に J に付き纏っていただけであり、
J 自身は、麻与香に関する一切の情報、たとえば、
どこのハイ・スクールからスキップしてきたのか、
どんな家族構成なのか、
カレッジで何を学んでいるのか、
休日はどうやって過ごしているのか、
好きな食べ物は何なのか、
好きな色は何なのか、
どんな子供時代を送ってきたのか……
等々については、麻与香から一方的に教えられる以外のことを
自発的に知りたいと思ったことは一度もないのだから。
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J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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