すでに夕刻に差し掛かった街は一層薄暗く、昼間よりも明らかに人影は減っていた。
この時間帯ならではの光と陰りが混ざり合った景色の中、
J とアリヲはゆっくりと足を進めていた。
行き先はダウンエリアの屋台通り。
今までにも2人で何度か訪れたことのある場所だ。
今ほどの時間帯なら、
食べるか飲むか、いずれかの目的で集まってきた人々で賑わっている筈である。
ゴハン、ゴハン、と当てずっぽうのメロディを口ずさみながら、
アリヲは J の腕に手をかけ、しがみつくような体勢で歩いていたが、
ふと立ち止まって幼い声で小さなくしゃみをした。
それを聞きとがめた J が眉をひそめてアリヲを見下ろす。
「……あんなとこで待ってたから、やっぱりカゼひいたんじゃないのか、お前。
結構、長い間いたんだろう? 寒いのに」
「んー、そうでもないケド」 とアリヲは顔だけ J の方を見上げて鼻をこすった。
「でも、事務所には NO がいたからさ。うるさくあれこれ言われるのイヤだったし。
それにアイツ、酒くさいんだもん。同じ部屋にいたくないよ」
「まあな」 酔いに濁った NO の暗い瞳を思い出して、J は相槌を打った。
「あの男の主食はアルコールだからな」
「なんであんなにお酒を飲むのかな」 不思議そうにアリヲが尋ねる。
「さあね。飲めば何かいいコトがやってくる、とでも思ってるんだろうさ」
「やってくるの?」
「なワケあるか」
2年程前、年若い女房に逃げられて以来、
NO とアルコールとの付き合いは尋常以上に深くなった、と巷では噂されている。
あの男なりに憂さを晴らす手段としての飲酒なのだろうが、
常に険悪で陰鬱な NO の面構えを見る限りでは、その目的は全く達せられていないようだ。
むしろ、アルコール度が過ぎれば過ぎるほど、周囲の人間への当たりが強くなる。
J などにとっては、迷惑なことこの上ない。
NO との言い争いの中で、
「底なしのアル中め」 「この能無しの酔っ払い」 と毒づいたのも一度や二度ではない。
「じゃあ、何でお酒なんか飲むの?」 とアリヲが再び尋ねる。
「ねえ、J、なんで?」
やれやれ、また始まった。
J はため息をついた。
最近この少年は 『ねえ、J ……』 で始まる様々な質問を J にぶつけてくる。
12才の頭の中では結論が出ないことを、
年上の J なら簡単に解決してくれると考えているらしい。
疑問符が生じるような出来事があると、
アリヲは片っ端からそれをナンバリングして胸の内に貯めておく。
たまたま J とこうやって会った時などにそれを引っ張り出してくるのだ。
子供の目から見れば、
この世の中は何と数多くの疑問、不条理、猥雑に満ちていることか。
『ねえ、J ……』 を耳にするたびに、それを痛感せざるを得ない J である。
アリヲの問いかけは、他愛もない内容の時もあれば、妙に哲学的な質問もあった。
その度に J は忍耐強く付き合ってやっている。
時には J の方が深く考えさせられることも多い。
ともあれ、時間のある限り J はアリヲの質問を許すことにしていた。
今回は、アルコール全般に対する人間の嗜好についての疑問のようである。
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