初めてアルコールを体験した時、J でさえも今のアリヲと同様の感想を抱いたものだ。
大人達は何故こんなものを、ありがたがって飲むのか。
アルコールが喉を通り過ぎる時の焼け付くような感じ。
子供の味覚にはそぐわない、あの感触がどうにもいただけなかった。
だが、何度か口にするうちに、いつの間にか酒の味に慣れてしまった。
いや、慣らされた、と言うべきか。
J の周囲にいた大人達は、勧めこそすれ、
誰も 「子供は飲むな」 などという分別ある台詞を言わなかったのだから。
飲み過ぎれば気分や体調を害することも覚え、
だが適度に飲めば、全身にまわった酒気が
なんとも形容しがたい気分の高揚感、あるいは浮遊感をもたらしてくれることも覚えた。
そして、結果的に病み付きになってしまった。
何と言えばいいのだろう、
頭の中をじわじわと侵食してくるような、
首から上だけが、まるで天上の雲の間を漂っているような感じ。
少しずつ神経が緩んできて、そのまま眠りへとつながる、その快感。
そして何よりも、心を占めている憂さの大部分がどうでもよく思えてくる、あの感じ。
味わいそのものを云々するよりも、
『酔い』 という現象がもたらすこれらの恩恵について、
(同時に、飲み過ぎた際の例えようもない不快感や
目を閉じれば螺旋を描いて急スピードで旋廻するような感覚、
そして翌日の不愉快極まりない諸症状などについても)
目の前にいる12歳の少年には、どう言葉を言い繕っても説明するのは難しい。
NO の話題がきっかけとなって始まったアルコール談義だが、
J が思案の中にいるうちに、アリヲは追求するのに飽きてしまったようだった。
納得がいかないながらも、心の中では自分の疑問に対して一応の完結を見たらしい。
さほど真剣に知りたかったわけでもないのだろう。
2人の間でしばらく会話が途切れ、その隙間にアリヲがもう一度くしゃみをして、
「ホントに寒いね」 と J の肩越しに空を見上げた。
「もうすぐ雪が降るのかな」
アリヲの問いにつられるように J は視線を頭上に向け、
厚い雲の層を見ながら、「かもな」 とだけ呟いた。
「J、雪好き?」
「んー、キライ」
「え、そうなの? ボク、すごく好き。なんでキライなの?」
「だって、イイことないからさ。冷たいし、すべるし、ジャマだし、凍るし」
「それがオモシロいんじゃないか」 と、アリヲ。
「毎年、雪が降ったら、父さんが家の近くに雪を集めて小さい山を作ってくれるんだ。
そのてっぺんから板の上に乗ってすべるの。
皆でやると、すっごく楽しいよ。ねえ、雪降ったら、J も一緒にやろうよ」
無邪気な子供の誘いではあったが、
さすがの J も今さら雪すべりで喜ぶような年齢ではない。
「寒いの苦手だから、やんない」 ときっぱり断る。
「つまんなーい」
不服そうなアリヲの声を受け流しながら、
J はアリヲに気づかれないように、心の奥底で物思いに耽った。
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