アリヲが言葉を続ける。
「ボクの父さんもしょっちゅう飲むけどさ、お酒って、そんなにおいしくないよね」
「お前、飲んだことあるの? なーまいきー」
「ちょぴっとだけだよ」 アリヲは人差し指と親指で1cm ぐらいの隙間を作った。
「父さんが見てない時に、こっそりね。でも、マズかったから吐き出しちゃった。
父さんなんか、『ウマイ、ウマイ』 って言いながら、
あれをコップで何杯も飲むんだよ。信じられない」
「お前の親父さん、ウワバミだしな」
「ウワバミって?」
「大酒飲みのこと」
アリヲの父親が無類の酒好きであることを J は知っている。
しかし、NO のように他人に煙たがられるような酔い方を決してしないので、
大概の場合、周囲の人間からは度が過ぎた酒量を大目に見られていた。
行きつけの酒場で J は何度かアリヲの父に出くわしたことがあるが、
他の客と飲み比べをして、この男が負けた姿を見たことがない。
とにかく、嗜む、という上品な言い方では間に合わないほどの酒豪なのである。
「じゃあさ」 悪気など微塵もない様子でアリヲが尋ねる。
「J もウワバミだよね? よくお酒飲むもんね」
「……あたしはお前の親父ほどヒドくない。
それに、NO みたいに他人に迷惑かけないし」
「でも、飲むよね?」 アリヲはあくまでも無邪気かつストレートである。
「……そうですね、飲みますね」 と、根負けした J。
「なんで? やっぱり、ウマイの?」
「うーん、確かに、美味いかどうか、と言われるとビミョーだけど」 J は慎重に言葉を探した。
「何と言うか……美味いから飲む、というよりは、気分の問題なんだな」
「気分?」
「そう。酒を飲んで酔うと、なんとなく気の持ち様が大らかになるから。
普段はガマンしてることや、表に出さないようにしている感情が酒の力で解放されて、
なんだか楽になったような気になるんだよ。まあ、あたしの場合は、だけど」
「本当にラクになるの?」
「その時だけはね」
もっとも、楽になり過ぎて歯止めが利かなくなる場合もあるのだが、と
J は心の中で付け足した。
「ふーん」 アリヲは小難しい表情を浮かべて地面を蹴った。
「そういうもんなの? 父さんもそうなのかな。ボクはよく判んないケド」
アリヲの言葉に J は思わず苦笑した。
そう思うのも仕方のないことだ。
この手の気持ちは、飲む側に立たないと判らないものだから。
まだ子供のアリヲに理解できる筈もない。
「まあ、お前もさ」 J はアリヲの頭をポンと叩いた。
「あと何年かすれば、イヤでもそういう気持ちが判るようになるんじゃないの?
なんたって、あの親父さんの子供だもんな」
「ボクはオトナになっても、あんなマズいもの飲みたくないよ」 アリヲが口を尖らせる。
その表情を見て、J はふと自分の幼い頃のことを思い出した。
子供だった J が育った環境は、さほど道徳的観念に恵まれてはいなかった。
そのせい、というわけではないが、
実は J はアリヲよりも低い年齢の時に初めて酒というものを口にしている。
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