3対の視線の先に立っていたのは、新たに現れた2つの人影。
「……ぞ、増殖?」
素早く観察した J が、思わずそう呟いたのも無理はない。
片方は中肉中背、もう一人は、それよりもやや背が高くて痩せぎす。
そんな体格の差はあるものの、
今登場した2人も、いでたちは黒いスーツとサングラスである。
まるで、元からいた男達が細胞分裂したかのような奇妙な光景だが、
無関係の人間が道に迷ったか、酔いにまかせて
たまたまこの場に足を踏み入れてしまった、という状況ではないようだ。
同じファッションを見る限りでは、
J に相対する側の人間が、倍に増えたのは間違いないらしい。
さしずめ、男C、男D の登場、というところである。
男C とD は、その場にいた3人を見比べて、しばし立ち竦んでいたが、
今にも J に掴みかからんばかりの男A の形相を見て、おぼろげに事態を察したらしい。
たちまち警戒の空気が男達の周囲に漂い始める。
「……女一人が相手なのに応援を呼ぶとは」 J の声が蔑みを含む。
「てめーら、どんだけ能無しなんだ」
「呼んだわけではないんですが」
新参者2人を目にして、男B はあからさまにホッ……とした表情を浮かべた。
一人でタカギのお守りをするのは、やはり荷が重かった、という様子だ。
「我々の戻りが遅いので、気になって来てくれたんでしょうね」
「過保護だな。どこの箱入りだよ」
憤るというよりも、もはや呆れたような口調でそう言いながら、
J は4人の黒づくめを順に眺めた。
見れば見るほど、没個性の (しかも、お揃い) ファッションは、
もしかしたら冗談ではなく、この後本当に葬式に出席する予定でもあるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、
勢いでケンカを買ったものの (別の意味では、『売った』 とも言えるが)、
新たに登場した男C、男D に出鼻をくじかれた、ということもあり、
ほんの少しだけ冷静さを取り戻した J は、
目の前の連中をまともに相手をするのが、何となくバカバカしく思えてきた。
『やや強』 から、再び 『弱』 へ。
高まっていた筈の J のテンションが、やや落ち始める。
しかし、男A の方は、そうはいかないらしい。
あくまでも臨戦態勢を崩さない。
「応援なんぞ必要ないっ」 男A は言い張った。
「こんな女、俺一人で充分だっ」
「……言ってくれるぜ、タカギさん」
男A の一言が、弱まりつつあった J の中の熾火に油を注いだ。
J の目が、すっと細くなる。
それを見て、男B が、ああ……、と再びため息をつく。
やはり一触即発は避けられないことを悟ったようである。
「てめーみたいにアメーバ並みの単細胞が、
何百集まったところで、ニンゲン様に敵うと思ってんのかよ、バーカ」
「くっ……」
J の挑発は容赦ない。
男B は、さらに重いため息とともに、男C、D に意味ありげな視線を投げた。
投げられた2人も、ここにきてようやく完全に事態を把握したようだ。
当初の目的とは関係ないところで、
何らかの (概ね、暴力的な) 決着をつけたがるタカギの短気は、男C、D も周知の事実らしい。
むしろ、今この状況の中、
2人はどこかしら面白そうな表情を浮かべてタカギと J の対峙を眺めていた。
加勢はせずに静観を決め込むことにしたようだ。
たとえ仲間内でも、タカギはさほど好かれていないのだろう。
辟易した表情を見せているのは男B だけである。
「お嬢さん、そんなこと言って……」 今更だが、という諦めの口調で男B はぞんざいに言った。
「ケガしても知りませんよ」
「ケガ? どっちが?」
J は男B にニヤリと笑ってみせた。
それはアリヲなどには決して見せない、かなり性悪な微笑みだった。
街灯の光を受けた J の顔に浮かぶ闘争心を目にして、
男B は、ほんの一瞬、不吉な予感にとらわれた。
そして、ほぼ30分後。
その予感は現実のものとなったのである。
-ACT 5- END
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