ACT 8 - Everything depends on how you look at it -
思ったより、若く見える。
それが、ハコムラ総帥の主席秘書である狭間猷士(ハザマ・ユウジ) を目の前にして、
諛左が最初に抱いた感想だった。
案内されて諛左が部屋に現れたとき、
狭間は壁を背にして机に向かい、何らかの書類に目を通しているところだった。
諛左の姿をじろりと見て、ああ、と小声で呟き、
大儀そうに部屋の中央に設えられたソファセットを指し示した。
座れ、という意味なのだろう。
狭間の表情は固い。
そして幾分、不機嫌そうだった。
そのまま視線を手元の書類に戻し、読み続ける。
初対面の挨拶も握手もない。
おやおや、と諛左は気づかれない程度に肩を小さくすくめ、こちらも無言で指示通りソファに座る。
正式なアポイントメントを踏まえたにもかかわらず、
狭間にとってこの会見は、あまり、いや、相当気が乗らないようだ。
不機嫌な表情を隠そうともしない。
書類に目を走らせながら、空いている指で小刻みに机を叩いている。
無意識めいたその動作の中には、軽い苛立ちが見て取れた。
諛左を目の前にしながら、さも相手を待たせて当然、と言いたげな、そんな狭間の態度は
諛左を対等の会見相手とみなすつもりがないことを示していた。
これは厄介そうな相手だ。
スムーズに話ができるかどうか。
諛左は既に少々ウンザリしながら、他にすることも見つからず、改めて目の前の男を観察した。
茶色がかった髪をきっちりとまとめ、
とうに40歳の大台に乗っている筈だが、造作が整ったやや青白い顔は、
肉付きこそ悪いものの、シワなどは一切見当たらない。
仕立てのよいスーツにつつまれた体は、加齢によるダブりとも無縁なようで、
小柄ながらスマートなその姿は、街で見かけるカレッジの学生の中に混ざっても
あまり違和感がないように諛左には思えた。
ただ、目だけが違っていた。
つい今しがた銀縁の眼鏡の奥から諛左を見た細い瞳には
決して侮れない鋭い光が宿っている。
その眼力だけで、どこか剣呑な印象を見る者に抱かせる、そんな風貌の男だった。
J を連れて来なかったのは正解だった。
素っ気ない狭間の態度を見るにつけ、諛左は確信する。
諛左の上司であり、事務所のボスでもある J は、
大概の場合において、自らの立場よりも感情の方を優先させる傾向がある。
そして、普段は怠惰で物臭な性分のくせに、
時として気に入らない相手に出くわすと、急激にテンションが上がる。もちろん、負の方向に。
相手の地位や身分がどうであろうと、
実に簡単に敵対モードのスイッチを入れることができる、これも厄介な女なのだ。
そうなると、皮肉、嫌味、暴言、etc ……相手の神経を逆撫でするために J は手段を選ばない。
実際、そんな J の暗い敵意によって、場が不穏な空気につつまれる瞬間を
諛左は今までに何度も目にしていた。
どう見ても、狭間は J の気に沿うタイプの男ではなかった。
今日、もし J がこの場に同席していたとして、
お世辞にも礼儀正しいとは言えない狭間の態度を見たならば、
今の時点で既に、『なんだ、その態度は』 と
こめかみに不穏な青筋を軽く2、3本は浮き上がらせていたことだろう。
それほどまでに、狭間の対応は素っ気なかった。
しばらくの間、苛立たしげに紙をめくる音、そして、ポンと判を押す音が交互に続き、
ようやく狭間が立ち上がったのは、諛左が入室して10分近く経過した頃だった。
そのまま、小気味よい足音を立ててソファセットへ移動し、諛左の正面へ腰かけた。
→ ACT 8-2 へ