「いまも黒が好きなのね」
黒いシャツに黒い革のパンツという J のいでたちに目を走らせた麻与香が尋ねる。
「相変わらず似合ってるわよ。ホント、昔と変わらないわね」
「ああそう」
J は素っ気なく返事をした。
しかし、麻与香の質問は J の答えを待たない。
「ねえ、アンタ、今でもワインが一番好きなの?
今でもローラーブレードのレースが好きなの?
今でも車に乗るのが嫌いなの?
今でも寒い夜に窓を開けて月を見るのが好きなの?
今でも地図見るのが苦手なの?
ねえ、どうなの?」
「……」
麻与香のトークは止まらない。
この女こそ、本当に昔と変わらない。
特に、こういうところ。人の話を聞こうともせずに喋り続けるところ。
J はただ黙って麻与香が話すに任せていた。
それはカレッジ時代と同じく、J と麻与香の間で交わされる不自然な会話の光景だった。
「ねえ、それから……。
アンタ、まだ 『お父さん』 のコト、嫌いなの?」
「……」
問うと同時に、麻与香の表情には一瞬だけ意地の悪さが加わり、
それにもかかわらず一層際立つ美貌が J に向かって探るような笑みを飛ばしていた。
頑なに無表情を作っていた J だったが、その時だけ眉根を寄せて、ふと顔をしかめる。
今も昔も、この女は聞かれたくないことを平気で尋ねてくる。
いや、むしろ、相手 が話したくないことだからこそ、
ことさらに聞き出そうとする邪な意志すら感じられる。
こういうところも、昔のままだ。
J は一層仏頂面を決め込んだ。
その憮然とした表情を麻与香は面白そうに見つめている。
「……面白くないって顔してるわ」
「してるよ」
J はきっぱりと言った。
「今、あたしがどうしてるとか何してるとか、そゆコトはどうでもいいから。
別に聞いて面白い話でもないだろうし。
それよりも、話のネタになりそうな人生送ってんのは、むしろ、あんたの方だろう」
2、3度煙草の煙を吐いて、J はようやく気を取り直した。
「しがないダウンエリアの一住人と違って、
笥村麻与香、旧姓・耶律麻与香の動向は今やニホン人のほとんどが注目している。
なにしろ天下のハコムラ・コンツェルンの話題はあらゆるメディアでことあるごとに持ち上がるから」
J の言葉に含まれる皮肉の空気を正確に読み取り、麻与香は少し笑った。
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