「金持ちとか、貧乏とか、そういうハナシはやめよう、アリヲ。
気分が落ち込んでくるから」
「誰もビンボーの話なんか、してないじゃない」
「いいから、他の記事を読みなさい」
「自分が見たい、って言ったくせに」
「充分見ました。でも、見たからって、自分が金持ちになれるわけでもないし。
バカバカしい気分になっただけだった」
そう言って、J はデイリーペーパーをアリヲに押しやった。
金回りのいい人間の話は、J の気分をロー状態にする。
それだけではない。
無責任な記者が書きたてた記事は、
事務所に帰るまで考えないようにしよう、と J が心に決めていたハコムラの依頼の件を
否応なしに思い出させ、J の気分に更に追い討ちをかけていた。
世界的な億万長者の行方捜し。
なんて面倒な、なんて憂鬱な仕事。
まあ、仕方がないか。
J はため息をついた。
800万であろうと、それ以下であろうと、仕事は仕事に違いない。
何でも屋を自負する立場としては、
納得ずくではないが、一度引き受けてしまったからには断るわけにはいかない。
小姑のようにうるさい諛左なら、きっとそう言うだろう。
しかし、J の言葉に対して、唇をとがらせたアリヲは他のページを広げながら、
まったく別の感想を口にした。
「J ってさ、いつもそゆコトばっかり言ってるよね」
「え?」 J は虚を突かれたような表情をする。
「だってさ」 アリヲは言葉を続ける。
「『バカバカしい』 とか、『メンドくさい』 とか、『つまらない』 とか、『タイクツだ』 とか、
聞いてるとさ、結構テンション低い台詞ばかりじゃない」
「……そ、そうかな?」
「そうだよ。前向きなコトを言ってる J って、見たことないもんね」
「もんね、って、お前、そんなことは……」
ないだろう、と言いかけて、J は口を閉ざした。
思い当たるフシは大有りである。
怠惰を身上とする J にとって、覇気のかけらもない台詞はすでに呼吸に等しい。
しかし、それをアリヲに指摘されるのは、J にとってなかなか辛いものがある。
アリヲの口振りは決して非難めいたものではなく、
どちらかというと、むしろ感心しているような調子さえ感じられ、
だからこそ、さらりと聞き逃すことができない。
「怒っちゃった?」 言葉に詰まった J に、アリヲは少しだけ顔を曇らせ心配そうに尋ねた。
「いや、怒ってはいないよ……まあ、いいんだけどさ、別に」
「あ、それもよく言うよね」
「え」
「その 『別にどうでもいい』 っていう台詞。
ホントは、どうでもいい、なんて思ってなさそうなのに、そゆコト言っちゃうよね。
どうでもよくなければ、そんなふうに言わなくてもいいのに。
それって、やっぱりメンドくさいから?」
「……」
多少のことでは動じない J だが、
自分の半分近い年齢の少年にこういうことを言われると、さすがに鼻白んでしまう。
しかも、その言い分が当たっているから尚更である。
アリヲの言葉に、予想外に自分がショックを受けていること自体がショックだった。
たかが12歳の少年。しかし侮りがたい。
周囲の大人達が子供を見るよりも遥かに冷静に、子供達は大人達を観察している。
責めるわけでもなく、
純粋に疑問符を顔に浮かべながら尋ねてくるアリヲの視線が、J には痛い。
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