麻与香の口調は訳もなく J の胸の中に反感の念を呼び起こした。
「ハグれてるようには見えないね。取り巻き連中が今のあんたの台詞を聞いたらどう思うか」
「フウノ、あんな連中とツルんで、あたしが何の得をすると思うの?
ちやほやされた女王様扱いを無邪気に嬉しがってるとでも?
あたし、そんなに馬鹿馬鹿しい女に見える?」
J は思わず麻与香を見た。
美しい顔を歪めて嘲笑うかのような表情は、それまで J が見たことのないものだった。
無情にも自分の崇拝者たちを本心から蔑んでいる。
その挙句に、自分に興味を抱いたのか、この女は。
J の皮膚の上をさざなみのような感触が軽く走りぬけた。
あの時と同じように鳥肌が立っている。
J は、少なくとも自分にとっては不毛に思えるこの会話を打ち切るように言った。
「ハグれてるっていうんなら、それでいい。
だからって、あたしに付きまとわないでほしいね。さっきも言ったけど、そういうの、迷惑」
「それはできないわねぇ」
当たり前のように答える麻与香。
「だって、あたしはもうアンタに興味を持ってしまったんだもの。
それに気づいてしまったんだもの。
だから、アンタも気づくべきだわ。あたしにね。絶対気づかせてあげる」
「……」
だからそれが迷惑なのだ、と連呼する気力を J は失いつつあった。
クモの糸がゆっくりと自分の周りに張り巡らされようとしていることを、本能的に悟った。
思った通り、耶律麻与香は厄介な女だった。
どんなに J が麻与香を避けようと、この女には関係ない。
麻与香の方が J への執着を解かない限り、この女は J から離れようとしないだろう。
「とにかく、もうあたしに近付かないで」
辛うじてその言葉だけを伝えると、J は返事を待たずに麻与香に背を向けた。
麻与香の気配を振り切るように歩き出す J に、
「だから、それは無理よ」
と、事も無げに言ってのけた。
その麻与香の口調は憎らしいほど涼しげだった。
そして宣言通り、麻与香は J に付きまとい続けた。
カレッジの人々は、麻与香という鮮やかな光に目が眩んでいた。
しかし今になってようやく、
半年程前に15歳で入学した、もう一人の学生の存在を思い出したようだった。
2人は、入学した時とは少し異なる意味で再び注目の的となった。
それも J にとっては煩わしかった。
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