那音の話は続く。
狭間の優秀さに目をつけた聖は、
他社のラボにいたアルヴァニーを引き抜いて C&S の所長に就けると、
狭間を自分の秘書に任命した。
だが、当時狭間を中心に研究開発していた新技術がまだ途中だったために、
C&S 管理責任のポジションは狭間に残したまま、秘書も兼任させ、
そのまま現在に至る……ということらしい。
「今でこそ、すっかり聖の懐刀に納まってる狭間だが、
当時はまだ C&S に未練があったらしい。
いや、C&S に、というよりも、開発途中だった自分の研究に、と言った方がいいな。
だからこそ、C&S の責任者っていうポジションに居続けて、
今も指揮を取ってるって話だぜ」
しかし、そこまで狭間が執着した研究について、
その内容を明確に把握している者はいないのだ、と那音は言う。
他社に先取られることを恐れて自社の事業を社外秘にする会社は多いが、
C&S の場合、さらに漏洩の回避を徹底して、社内でも実情は不明らしい。
「何でも画期的な新薬の開発、っていうフレコミらしいけど、
誰も知らないから、ホントは何してるんだか判らない。
一部では、不老長寿の薬でも作ってるんじゃねえかってバカげた話もあるけどな」
「ふーん……」
さほど興味なさそうな面持ちで、J は新しい煙草に火をつけた。
いまやハコムラの事業は多岐に渡るが、
その中には、未だ戦乱を免れない国に向けての武器弾薬製造も含まれているという。
人死に商売で儲けておいて、その傍らでは新薬開発による医療革命か。
見境ないな。皮肉な思いで J は煙を吐いた。
生死をも一緒くたにして、余すところなく手を出すハコムラの方針に、
やはり好意を覚えることができない J である。
しかし、そんな得体の知れない研究を狭間が続けていることについて、
ハコムラ総帥である聖は無言でそれを認可していたのだろうか。
「聖がうるさく言うのは、実際の売上だけさ」 J の問いに那音が答えた。
「新技術や製品の開発に関しては、適当に見込み利益を出しておけば、
さほど文句は言わない。聖は新しいオモチャが大好きだからな」
「成程ね」
那音の言葉を聞いて、
先日麻与香が自分の夫を 『子供っぽい』 と評したことを J は思い出す。
「まあ、他の役員連中は聖よりは保守的で頭が固いけどな。
だが、ハコムラがここまでデカくなったのは、聖の先見によるところもデカい。
なんせ、将来性や可能性っていう賭金だけでギャンブルに勝ってきた部分もあるし」
「でも、その聖に NO と言わせるほどの金額を C&S は提示してきた。
それは、C&S の、というよりも、狭間本人の希望だった……。
しかし、それが却下されて、狭間は自らの古巣である C&S の売上を操作して
自分の研究資金にあてがっている……。
あんたが言いたいのは、そういうことか」
「そう」
短く答えて、那音は煙草の煙を吐き出した。
窓を閉め切った部屋の中は、2人から立ち上る煙がこもり、
周囲の壁がうっすらと白んで見える。
ここが J のオフィスだったら、有能な勤労婦人の千代子が
見るに見かねて、顔をしかめながら窓を全開にしているところだろう。
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