どうやら狭間は、自分の心に湧き上がった不平不満を静かに飲み込むタイプではないようだ。
少なくとも、諛左はそう判断した。
その点を取り上げてみても、J とは正反対といえる。
何か言いたげな目をしながらも、心に思うことの半分も口に出すかどうか。それが J だ。
結果、何を考えているのか判らない印象を見る者に抱かせる。
そんな J に比べれば、心情をあからさまに吐露する狭間の態度は、まだ理解しやすい。
正直なところ、今をときめくハコムラのトップを支える首席秘書が、
ここまで人当たりの悪い男だとは、諛左も予想外だった。
だが、巨大に膨らんだ組織の中で、常に内外に目を光らせ神経をすり減らしている、
目の前にいるのは、そんな男なのだ、と思えば、
多少なりとも柔和さに欠ける今の態度も、どこか納得できた。
とはいえ、こうも簡単に自らの所属組織を悪し様に口にする、というスタンスは、
第三者の諛左から見ても決して感心できる行動ではない。
それとも、何らかの意図を秘めたポーズなのか。
この男も、あの信頼に値しない鳥飼那音と同様、諛左や J をミス・リードに陥らせるための
コマの一つに過ぎないのか。
諛左は一層慎重になった。
『見た目ほどヤワな男じゃないぞ、狭間は』
諛左の頭に、阿南の言葉が浮かび上がる。
『一見、神経質そうで取り扱いに困るガラス細工のようだが、
実は、鋼鉄よりも頑丈なグラス・ファイバー製で、
壁に叩きつけても、壊れもせずにそのまま跳ね返ってくるだけだ。
しかも口数が多いから、何か尋ねたとしても』
煙に撒かれてしまうかもな。
阿南はそう言った。
昨晩のこと。
世に公表するのを憚られる事実、つまり 『笥村聖は、実は……』 という秘密を
J から打ち明けられた時の阿南の反応は、驚きこそ見受けられたものの、意外に冷静だった。
ただ、そういうことか、と一言呟いただけで、しばらく口を閉ざしていた。
同席していた金髪の情報屋が見せた、呆れるほどに大仰な反応とは対照的だった。
(情報屋の方は、あまりに騒ぎすぎて 「うるさい」 と J に一喝されていたが。)
一時期は笥村聖のガーディアンとして働いていた阿南のことだ。
この男なりに思い当たることがいろいろあるのだろう、と諛左は察した。
それは、複雑そうな、しかしどこか納得しているかのような阿南の表情からも窺い知れた。
もしかしたら、静かに腹を立てていたのかもしれない。
あるいは、主不在の屋敷を何の疑いもなく数ヶ月警備していた自分自身に対して、
一抹の馬鹿馬鹿しさを覚えていたのかもしれない。
ともかく、4人が秘密を共有することになった。
この先どう動くか、誰が何をするか、そんな計画的な話から、
笥村聖に実際何が起こったのか、幾つかの憶測、邪推なども含めて、
時には有効な、時には無責任な意見を出し合い、
まとまりもせずに話が尽きた頃には、既に時計の針は天辺を越えていた。
とりあえずは予定通り、主席秘書の狭間から話を聞いてみる。
そこから何か掴めるものがあれば、また考えることにしよう。
話すことに飽いてきたらしい J が (あの女は考えるのが面倒になると、すぐ飽きるのだ)
そんな曖昧かつ適当な形で話を半ばムリヤリ終わらせた時に、阿南がぽつりと言った、
それが 『グラス・ファイバー』 云々という台詞だった。
阿南の言葉は、狭間に関する幾許かの先入観を諛左に植え付けたが、
実際に狭間と対面した今の印象との間に誤差はほとんど見当たらない。
阿南の表現は的確だった。
口数が多い、という点においても。
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