気の荒い黒馬を軽々と御し、短い丈の衣を見につけて、水を通さないボーラの厚い皮で作ったブーツを履き、内陸では珍しい紫貝の飾りのついたピンで長いマントを流してヴェサニールの街道を疾走するサフィラの姿に、目を奪われない者はなかった。
健康的ですらりと伸びた体は同じ年頃の若者達よりも背こそ低かったが、華奢で優美であった。
幼さの残る中性的で整った顔立ちは、若い頃は国一番の美しい対として知られた父王とその后の良いところばかりを貰い受けており、黒い髪は父譲り、その不思議な輝きを弾き出す灰色がかった青い瞳は明らかに母方の祖母から受け継いだものだった。
さて。
サフィラが魔道に関心を抱いていることの他に、王はもう一つサフィラに関する悩みを抱えていた。
国を訪れる旅人が偶然にも城下に下りてきたサフィラの姿を目にした時に、必ずと言ってよいほど口に上る誉め言葉が、
「あの方がこの国の王子であられますか。なるほど、利発な相をしておられる。それに、ふふ、若い娘が喜びそうなご器量じゃ」
とか、あるいは、
「あれはどこのご子息ですかな? 見事な馬の御しぶりだ。ほう、この国の世継ぎであらせられる」
とか、あるいは旅回りの怪しげな占い師が言ったと噂される言葉においては、
「うむ、お若いのになかなか覇気がある。将来国を平らかにし、近隣に比類なき大国の宗主として見事な君主ぶりを発揮されることでしょう。ふむ、ふむ、世にも美しい王女と熱烈な恋に落ち、大恋愛のすえ結ばれる、との相も出ておる……」
などと、頼んでもいない予言まで語られている。
ヴェサニールの国の民には勿論あり得ないことだが、それ以外の国の人間は必ずと言っていいほど何の疑問もなくサフィラを 『王子』 と決めつける。
それが、王の二つめの悩みであった。
どんなに少年のように見えようと、どんなに凛々しく利発そうに見えようと、どんなに若い娘たちに騒がれるような面相をしていようと、サフィラは間違いなく 『少女』 であり 『王女』 なのだ。
誰が何と言おうと。
確かに、成長しきっていない体つきはあくまでほっそりとして、まだ男のものとも女のものともつかずに両性の間にとどまっている。数年たてば、それでも女性らしく丸みを帯びてはくるだろうが、今のところそのような予兆はまったく見えない。
その上、幼い頃から娘の服を着ることを嫌がり、少年のような姿をさせておいたのが運の尽きで、今ではすっかり可愛らしくも凛々しい 『王子様』 ができあがってしまった。
この事と言い、魔道の事と言い、自分の娘の姿を見る度に王はつくづく、育て方を間違えた、と思わずにはいられなかった。
そんな父王の悩みなど針ほどにも気にかけていないサフィラは、その日も元気よく馬を駆って街道の外れへと向かった。
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