「……確かに」 使者は二人をじろじろと見比べた。
「想いをかわし合う恋人同士にしては、お二方の間に色めいた空気がいささか足りないような気もしますな。ま、そういうことにしておきましょう」
「何だ、その顔は」サリナスの手を解いたサフィラが使者を睨んだ。「『逢引じゃなくて詰まらん』とでも言いたそうだな」
「いえ、そんなことは」
「フィランデの王子の従者というのは、そういうことまで気を回さなければならんのか」
「それはもう、我が王子の大切な花嫁のことですから」
「ふん、わざわざ人の跡までつけて御苦労なことだ」
サフィラはため息をつきながら、椅子に座り直し、立ちすくんだままのサリナスの方へ顔を向けた。
「サリナス。話し疲れて喉が渇いた。もう一杯お茶くれ」
「お前、帰るんじゃなかったのか」 サリナスが、ややうんざりした表情で尋ねた。
サリナスとしては、サフィラも使者もさっさと帰って、これ以上自分の家に面倒を持ち込むのは勘弁してほしいという心境だったが、「飲んだら帰るから」 と言うだけでサフィラは動こうとしない。
「あ、よろしければ私にも一杯」 と使者までが催促するにいたっては、サリナスも諦め半分でため息をつきながら、隣の部屋へ消えた。
サリナスが湯を沸かし直す準備をしている音を聞きながら、サフィラと使者は向き合ったまましばらく無言のままでいた。ここに至って、ようやくサフィラは使者の顔をじっくりと見る余裕ができた。
侍女達に 『整った甘い顔立ちで背が高くすらりとした体格』 と噂されていた使者であるが、やはりサフィラには侍女と同様の思いを抱くことができないでいた。
世間ではこういうのを 「素敵」 というのか、というのが正直なサフィラの感想である。顔立ちをどうこう言うよりも、人を小馬鹿にしたような表情やそこに浮かぶ意味ありげな薄笑いの方がサフィラには鼻についた。
臣下を見ればその主人の器が分かるというが、サフィラが見た限りでは、タウケーン王子の器も大したことがなさそうである。
短い沈黙を破るように、やがて使者が再び口を開く。
「しかし、ヴェサニールの王も王妃もお甘いことですな」
「何が」 と不機嫌なサフィラに、使者は、やれやれ、と言いたげに肩をすくめた。
「だって、そうでしょう。数日後に結婚を控えた御息女をこのように好き勝手にさせておいでとは。恐れ多いことですが、これでは不行き届きとそしられても仕方がないというもの」
その言葉に、サフィラがぴくりと反応する。
「お前……父上達に余計なことを言うなよ」
「余計なこと? ああ、サリナス殿とやらと逢引なさっていることとか?」
使者の言葉が届いたのか、隣の部屋でガシャーンと何かが落ちる音に続いてサリナスが
「あああ熱いっ」 と叫ぶ声が聞こえたが、サフィラも使者もそれを無視した。
「それは違うとさっきも言った」サフィラは険しい顔で使者に詰め寄った。
「だが、そういうデタラメな憶測も含めて、とにかく余計なことを言うなと言っている」
サフィラとしては、結婚脱走前に周囲に波風を立てたくないという思いがあるため、今のタイミングでこの使者からある事ない事を両親に告げられるのは、迷惑極まりないのである。
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