「それで、鳥飼那音はなんて言ってきたんだ?」
J の話が一段落したことを見て取り、
待ち構えていた諛左の質疑が、さっそく始まったようだ。
「『手を組みたい』 ってのは、どういう意味だ?
今回の件に関してか? それとも別件か?
そもそも、あの男は何か知っているのか? もし、そうなら……」
「質問は一つずつお願いします」
「……まず、一つめ。
鳥飼那音は、聖が行方不明だということを知っているのか?」
「うーん、実は、その辺りはよく判らない」 正直に J が答える。
「ただ、本物の聖は失踪していて、今の笥村聖はニセモノだってことは知っていた。
麻与香から聞いたのかもしれない」
答えながら、さも意味ありげに話を持ちかけてきた那音の不精な髭面を思い出し、
J は不愉快そうに眉をひそめた。
たとえ目の前にいなくても、
記憶に浮かぶだけで人をイライラさせる顔というのは、確かにあるものだ。
諛左の視線に促され、J は先を続ける。
「でも、失踪の理由については、こちら同様、知らないみたいだったし、
那音の方でも、それをアイツなりに探ってるように見えた。
『手を組みたい』 っていうのは、『それを手伝え』 ってコトなんだろうな……」
そう前置きして、J はハコムラの本社で那音から聞き出した話を
かいつまんで諛左に話して聞かせた。
つまり。
ハコムラの系列会社、ハコムラ・ケミカル・アンド・サイエンス、通称 C&S。
その C&S の管理責任者でもある狭間が、
売上を不正に誤魔化して、極秘の研究を行っているという。
笥村聖は、その不正の調査に乗り出したのと時期を同じくして、行方をくらませた。
さらに、狭間の背後には、麻与香の影があり……。
「……成程ね」
記憶を辿りながらの、あまり流暢とはいえない J の説明であったが、
辛抱強く聞き終えた諛左は、その言わんとするところを大体把握したようだ。
「たった1日で、ハコムラが極秘にしている内部事情が判るなら、
あんな男でも知り合いになっておいて損はないかもしれないな」
「本気かよ」
「まあ、その情報が全て事実なら……の話だが」
「どうだかねえ。事実かといわれると、それはアヤシイと思う。
全てがデマかもしれない」
「あるいは、罠かもしれない」
「罠?」 J が諛左を見上げる。「つまり、ミス・リードを誘っている、と?」
「まあな。罠、というのは言い過ぎにしても、
客観的に聞いてる限りでは、引っ掛け問題のようにも思える」
その点については、J も同意見だった。
答えはここにある、と錯覚させておいて、実は、本当の解答は、さらにその奥底にある。
そんな姑息さが、那音の話の中には見え隠れする。
「じゃあ、二つめの質問だが」 諛左が煙草を灰皿でもみ消す。
「お前はどうするつもりなんだ? あの男が差し出した手を、取るつもりか?」
「勿論、ガッツリ手を組むつもりはない」 J がうっすらと笑って答える。
「第一、笥村聖の行方不明について、那音がさほど関心を持っているとは思えない。
たぶん、アイツが本当に知りたいのは、麻与香が陰でコソコソやってる 『何か』 だ。
ミス・リーディングだとしたら、その 『何か』 をこっちに調べさせようってのが目的だろうな」
「社内ですら極秘事項になっている、例の研究とやらか」
「そう。でも、こっちがやらなきゃいけないのは……」
「聖の捜索」
「そゆこと。那音の思惑に乗っかる余裕はないし、余裕があっても乗りたくない。
ま、せいぜいハコムラ関連の情報源として使う程度かな」
「だが、もしかしたら……」 と、思案顔の諛左。
「鳥飼那音の背後にも、笥村麻与香が控えている、というのも、あり得る。
あまり信用し過ぎない程度に付き合うのがベストだな」
確かに、その可能性については J も考えなかったわけではない。
狭間の背後に麻与香がいる。
そう語ったのは那音だが、他ならぬ那音自身が、麻与香の傀儡であるとしたら、
この男から得た情報は、全て麻与香が仕組んだ作り話かもしれず、
信憑性が一切なくなってしまう。
それこそ、『罠』 だ。
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