それにしても。
どこを探っても、誰を疑っても、
結局、行き着く先に麻与香の影がちらついて見えるのは、どういう訳だろうか。
麻与香に対して J が悪意を抱いているから……?
いや、そんな単純な理由のせいだけではないだろう。
考えてみれば。
J は隣室への扉に目をやり、
その向こうにいるアイス・ブルーの瞳を持つ男の姿を思い浮かべる。
あの男……阿南をこちらに送り込んできたのも、他ならぬ、麻与香だ。
「諛左」 しばしの沈黙の後、J が口を開く。
「阿南がハコムラでボディガードの仕事をしてるって、お前知ってた?」
「いや……そうなのか?」
と J に向けられた諛左の顔には、軽い驚きが浮き上がっている。
本当に意外そうだった。
阿南がその後の諛左の動向、つまり、
マセナリィから、しがない 『何でも屋』 へ転身していた事実を知らずにいたのと同様に、
諛左も、かつての旧友が現在どのような境遇にあるのか、知る術がなかったようだ。
「アナムが、ボディガード……ふうん、成程ね」
腕を組んで壁にもたれながら、考え深げに諛左が呟く。
「足を洗っていたとは知らなかった。
アイツがマセナリィ以外の道を選ぶなんて、昔は想像できなかったが……。
これも、時勢ってやつか」
少し目を伏せてそう言った諛左の表情は、どこか複雑だ。
そんな顔つきを見せるのも、この男にしては珍しい。
旧友の境遇を思うことで、自らの過去についても、ふと顧みたのかもしれない。
物珍しげに自分を見つめる J の視線に気づき、諛左が表情を改める。
「まあ、ハコムラなら……。
『第二の人生』 としては、最高の雇い主を見つけた、と言えるんじゃないか?」
最高……なんだろうか。
と、J の心中は皮肉めいている。
元々、ハコムラ嫌いの J ではあるが、それを差し置いてみても、
先刻、言葉を交わした時の阿南の様子を思い返せば、
自らの雇い主に関して阿南が諛左と同意見であるかどうかは疑わしい。
「ま、本人が満足しているかどうかは、ともかく」 J は言葉を継いだ。
「今は屋敷の警護をしているけど、以前は笥村聖直属のガーディアンだったらしい」
「それは大したもんだな。だが、その大した男が、何故、今ここにいる?」
諛左からの三つ目の質問に対して、答えを口にするよりも先に J は表情を曇らせる。
やがて、ため息とともに、
「……麻与香に言われたんだとさ」
「なんて」
「危ない目に遭わないように、あたしをガードしろって。……どう思う?」
「親切だな」
「……」
「冗談だ」 J に睨まれ、諛左は肩をすくめる。
「つまり、こういうことか。
笥村麻与香が依頼した件にお前が関わっていくうちに、
否が応でも護衛が必要な状況が起こり得る……
それを見越した上で、お前を助けるために阿南を寄こした、と」
さすがに諛左は飲み込みが早い。
「……まあ、そゆコト」
「やっぱり、親切だな………判った、判ったから、そう睨むなよ」
「これが 『親切』 だって言うんなら、
世の中にあるすべての 『親切』 なんて、あたしは一切信じないぞ」
「そう言うな」
むっとする J の表情に対して、諛左のそれは、どこか面白がっているように見える。
「相手は笥村麻与香だ。ただの 『親切心』 だけが理由でもないだろうさ。
むしろ、お前の行動を 『監視』 したいっていうのが本音じゃないのか?」
それはそれで、ますます面白くない。
J の表情が、さらに不機嫌の相を帯びる。
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